宮沢りえ

デビューしたときからこの上ない美しさを誇り、演技でも人の心を魅了する宮沢りえさんですが、どんな学生だったのでしょうか?

そんな彼女の出身校や偏差値などの経歴情報と共に、卒アル画像や芸能界へデビューしたキッカケをご紹介します!

男1人女1人の長女として育った宮沢りえさんはどこの学校を卒業したのでしょうか?

家族構成などのプライベートな情報とともに見てきましょう!

宮沢りえのプロフィール

宮沢りえ

芸名:宮沢りえ(みやざわ)※本名同じ
本名:森田りえ(もりた)※旧姓:宮沢(みやざわ)
愛称:りえちゃん

生年月日(星座):1973年4月6日(おひつじ座)
血液型:B型
出身地:東京都練馬区

所属:エムツー企画
職業・ジャンル:俳優
活動期間:1985年~

趣味・特技:絵画・プロ野球観戦・三味線・料理・旅行・水泳
SNS:なし(インスタグラム2017年12月削除)
家族:既婚・前旦那(一般人)※2009年5月に結婚し、2016年3月離婚・子供1人(長女)

現旦那(森田剛)※2018年3月16日に結婚

<主な出演作品>

  • 1987年CM『三井のリハウス』で『白鳥麗子』役
  • 1991年11月13日発売の写真集『Santa Fe』で売上部数165万部以上
  • 2014年10月25日公開の映画『紙の月』で第27回東京国際映画祭・最優秀女優賞を受賞
    ほか

宮沢りえの経歴~デビューのキッカケ~

宮沢りえさんはスカウトされたことがキッカケで1985年にバーニングプロダクションに所属しデビューしました。

どこでスカウトされたかと言うと、”六本木にある業界人ご用達のすし屋”です。宮沢りえの母親とすし屋の主人が仲が良くて、宮沢りえさんはよくすし屋に出入りしていましたが、『めちゃかわいい美少女がいる』と芸能関係者の目に留まったという経緯があります。

ひと目でも宮沢りえさんを見たら虜になってしまって、噂になるのも当然ですよね!

11歳で芸能界デビューした宮沢りえさんは、三井のリハウスのCM『白鳥麗子』役でブレイク。

宮沢りえ 三井のリハウス

その後、リハウスガールは第14代まで続き、これまでに坂井真紀さん、一色紗英さん、池脇千鶴さん、蒼井優さん、夏帆さん、川口春奈さんなど多くの有名女優を排出しています。

宮沢りえさんのデビュー当時の画像があります。

宮沢りえ デビュー当時

まるでお人形さんとはこの事を言うのですよね。

宮沢りえさんが登場する初代のCMが放送された当時、”世の中にこんなに可愛い女の子がいるんだ”と驚きましたが、「あの子誰?」と周囲でも彼女の話題でもちきりでした。

俳優としてのデビュー作は、1988年8月13日公開の映画『ぼくらの七日間戦争』でした。

宮沢りえ ぼくらの七日間戦争

同映画に中山ひとみ役として出演していますが、当時15歳だった宮沢りえさんはかわいいと美しいとで画面に目が釘付けでしたよ。

映画初主演作にして『日本アカデミー賞新人賞』を受賞したのですが、演技の才能も生まれながらにしてあったのですね。

宮沢りえの家族構成

宮沢りえさんには弟がいますが、どんな人なのでしょうか?両親の情報とともに見ていきましょう!

宮沢りえの父親

名前:不明
生年月日:不明

宮沢りえさんの父親は一般人のため明らかにされていませんが、オランダ人だったことは判明しています。

宮沢りえさんが生まれた後、母親と父親は宮沢りえさんを祖父に預けてオランダに渡りますが、離婚して母親は日本に帰国したとの噂は流れていますね。

父親に関する新しい情報があがってきましたら、ここで追記していきます。

宮沢りえの母親

宮沢りえ 母親 宮沢光子

名前:宮沢光子(みやざわみつこ)
生年月日:1948年または1949年

肝っ玉母さんと言った印象ですが、若かりし頃は宮沢りえさんよりも美人だったとも言われています。

宮沢りえ 母親 宮沢光子 若い時

白黒ですが、テレビで見かけていた宮沢光子さんと同一人物とは思えないくらいスレンダーですね。

しかも、宮沢りえさんが芸能界デビューする前は保険の外交員や銀座のクラブのホステスをしていたと噂されています。

芸能界にデビューした後は、宮沢りえさんの事務所『エムツー企画』の代表取締役とマネージャーをしていました。

宮沢光子さんは敏腕マネージャーで、『ふんどしカレンダー』やヌード写真集『Santa Fe』など奇抜な企画で注目を集め『りえママ』としてワイドショーに度々登場していましたが、2014年9月23日、肝腫瘍で亡くなりました。享年65歳でした。

慎んでお悔やみ申し上げます。

宮沢りえの弟

名前:不明
生年月日:不明

以前から噂されていた実弟のことが2014年10月2日発売の『週刊文春』のインタビューに宮沢光子さんが応えたことで明らかになりました。

実弟が生まれた経緯とその後のことは下記のとおりです。

”りえの弟に当たる後藤聡さん(仮名)は、光子さんがりえの実父であるオランダ人の夫と別れた後、再婚したピアニストの男性との間に生まれていたという。しかし光子さんは出産後すぐにりえを連れて家を出てしまい、以来音信不通なのだという。”
引用元:【宮沢りえ、生き別れた実弟の告白で発覚! 離婚劇に見る“りえママ”との奇妙な共通点(エキサイトニュース)】

2010年に実弟は宮沢りえさんの舞台を見て、”母親に会いたい”旨の手紙を関係者に渡したけれども、連絡は来なかったとも『週刊文春』には書かれていました。

宮沢光子さんがかたくなに息子に会いたくなかったのは、会えば辛くなると思ったからなのかも知れません。

宮沢りえの出身校と偏差値

宮沢りえさんはどんな学生だったのでしょうか?通っていた小学校や中学校、高校や大学はどこなのか、偏差値の情報もあわせてご紹介します!

宮沢りえの大学

宮沢りえさんは大学に進学していません。

高校に進学していないため、大学を受験する資格がありません。

宮沢りえの高校

宮沢りえさんは高校に進学していません

11歳でデビューしてから超人気者で、芸能活動に専念するために高校は進学しませんでした。

宮沢りえの中学校

練馬区立大泉学園中学校

宮沢りえさんは練馬区立大泉学園中学校1986年4月に入学し、1989年3月に卒業しています。

【中学校の住所】
〒178-0061
東京都練馬区大泉学園町4-17-32

宮沢りえさんと同学年の後藤久美子さんはモデル・女優で活躍していますが、中学の頃に知り合い、一緒に旅行に行くほど仲がよくなったんですよ。

宮沢りえ 後藤久美子 中学生

女性セブンに下記のことが書かれていました。

”「いろんなオーディション会場で顔を合わせるなかで、かたい絆で結ばれていったそうですよ。親友というよりも、小学生の頃から大人の世界で働く“同志”という存在だったと思います」(芸能関係者)”
引用元【女性セブン2015年6月25日号】

大人になってからも親交は続いていて、宮沢りえさんが出演した2015年5月28日~30日公演の舞台『海辺のカフカ』がロンドンで行われたときも後藤久美子さんは客席から大きな拍手を送っていたとか。

公演の後は楽屋でハグをして再会を喜びましたが、多くを語らなくても分かり会えた様子なので、竹馬の友であり心の友だということですね。

宮沢りえの小学校

宮沢りえさんは1980年4月に入学し、1986年3月に卒業しています。

宮沢りえさんの小学校の情報は明らかにされていませんが、中学校が公立だったということから考えて、 小学校も同じ校区である可能性が高いため、下記の小学校のいずれかに通っていたと考えられます。

  • 練馬区立大泉北小学校
  • 練馬区立大泉第一小学校
  • 練馬区立大泉学園小学校
  • 練馬区立大泉学園緑小学校

※2016年度より、大泉学園中学校・大泉学園小学校・大泉学園緑小学校は小中一貫校になりました

小学校5年生の時にモデルとしてデビューし、『週間セブンティーン』の表紙を飾りました。

宮沢りえ 週間セブンティーン

文句の付け所がないくらい可愛いです。

更に幼くてカワイイ画像があります。

宮沢りえ 幼少期

どちらがお人形さんなのか分からないくらいですよね。

宮沢りえさんはデビュー当時からその美しさと可愛らしさで大人気でしたが、容姿だけでなく女優業でも数多くの賞を受賞している実力派で、日本の芸能界には欠かせない人ですよね。

2018年3月にはV6の森田剛さんと再婚され、公私共に充実した生活を送ることでまた新たな作品に望んでもらいたいと思います。