宮沢りえ

デビューしたときからこの上ない美しさを誇り、演技でも人の心を魅了する宮沢りえさんですが、出身高校や中学はどこなのでしょうか?

字が下手すぎだと話題になったことと、昔の可愛かった画像や学生時代のエピソードも併せた学歴情報をお届けします!

宮沢りえの学歴・経歴一覧

まずは宮沢りえさんの学歴と主な経歴を年表形式で紹介します!

ふりがな みやざわりえ/もりたりえ 宮沢りえ
氏名

本名
宮沢りえ/森田りえ※旧姓:宮沢
生年月日 1973日生 49
出身 東京都練馬区
身長 167cm  血液型 B
最終学歴 中卒 練馬区大泉学園中学校
年齢 学歴・経歴
1973 東京都練馬区生まれ
父親はオランダ人&母親は日本人
1977 大泉小鳩幼稚園入園
1980 大泉小鳩幼稚園卒園
練馬区大泉学園緑小学校入学
1984 11 モデルデビュー
1985 12 初CM『チャルメラ』
1986 12 練馬区大泉学園緑小学校卒業
練馬区大泉学園中学校入学
1987 13 三井のリハウスのCMでブレイク
1988 14 映画初出演&初主演『ぼくらの七日間戦争』
日本アカデミー賞新人賞
1989 15 練馬区大泉学園中学校卒業
  連続ドラマ初主演『青春オーロラ・スピンスワンの涙』
  歌手デビュー『ドリームラッシュ』
1990 16 ふんどしカレンダー
    オリコン第1位『NO TITLIST』
    第41回NHK紅白歌合戦出場
1991 18 ヘアヌード写真集『Santa Fe』
1992 19 貴花田(第65代横綱・貴乃花)と婚約発表。2ヶ月後破棄
2001 28 香港映画主演『華の愛〜遊園驚夢』
第23回モスクワ国際映画祭・主演女優賞受賞
2009 36 元プロサーファーと結婚。第一子女児出産
2012 39 離婚
2018 45 森田剛と結婚

(※緑文字:学歴 赤文字:印象的な事柄

東京都練馬区出身の宮沢りえさん。父親はオランダ人で母親は日本人ですが、生まれて間もなく両親はオランダに居たことで伯母の元でいとこと一緒に暮らしていました。

宮沢りえ 母親 宮沢光子

母親は宮沢りえさんが小学4年生の時に父親と離婚し帰国。

大泉学園のアパートで母親と宮沢りえさんは同居を始め、母一人子一人の生活が始まりました。

母親がオランダ人の父親と離婚後、ピアニストの男性と再婚し男の子が生まれますが、出産後直ぐに母親が宮沢りえさんを連れて家を出た為、宮沢りえさんには異父兄妹がいます。

宮沢りえさんは『りえママ』と呼ばれた母親の宮沢光子さんと2014年に母親が亡くなるまで芸能界を二人三脚で歩き続けました。

普通な家庭に生まれ、2人家族として育った宮沢りえさん。

そんな宮沢りえさんはどんな学生生活を送っていたのでしょうか?当時のエピソードや画像などを現在からさかのぼりながら見ていきましょう!

宮沢りえの出身大学

宮沢りえさんは大学に進学していません。

2018年10月4日発信の『シネマトゥデイ』に『ルイスと不思議の時計』特別試写会イベントで宮沢りえさんが出席した際に中卒であることを語っています。

“「仕事を始めたのが中学生だったので、仕事と学校を両立していて中卒なんです。だから中学から高校、大学に行くというキャンパスライフをやってみたかった。」”
引用元:【宮沢りえ、もし時間を戻せたら?キャンパスライフに憧れ(シネマトゥデイ)】

大学生時代にあたる1992年から1996年はドラマ7本に出演し、1993年3月28日放送『西遊記』では主役の三蔵法師 役を演じています。

宮沢りえ ドラマ 西遊記

映画は5本に出演し、1992年9月15日公開の『豪姫』は主役を演じました。

宮沢りえ 映画 豪姫

アイドルが時代劇を演じたとは全く次元の違う、19歳にして醸し出す妖艶さに大女優の風格さえ感じますね。

また、19歳にして驚きの発表をするんですよ。

宮沢りえと貴乃花の婚約~破局

1992年11月27日に宮沢りえさんと貴乃花さんは婚約発表の記者会見をしました。

宮沢りえ 貴乃花 婚約会見

二人の馴れ初めは雑誌の対談で知り合ってからだったのですが、会った瞬間にお互いにビビビッと来たのでしょう。

超大物カップルであったことと、交際報道を飛び越えて突然の婚約であったことから度肝を抜かれました。

記者会見は手をつないてラブラブ会見だったにもかかわらず、わずか2ヶ月後の1993年1月25日には破局を迎えてしまうんです…。

破局した理由は宮沢りえさんの母親が別れさせたと言われています。母親は宮沢りえさんを大女優にしたかったので、角界の女将さんになってしまうと女優としての活動ができなくなるからなんだそう。

【宮沢りえ 母親】

宮沢りえ 母親 宮沢光子

宮沢りえさんからすれば、どんな障害があろうとも貴乃花さんが迎えに来てくれるはずだと信じていたのではないかと想像すると胸が苦しくなります。

その後、宮沢りえさんは2009年4月に中津ひろゆきさんと結婚し女の子が生まれましたが、2016年離婚。そして2018年3月16日に森田剛さんと再婚しています。

宮沢りえ 森田剛 結婚発表

紆余曲折がありましたが、宮沢りえさんが幸せをつかめてよかったですね。

宮沢りえさんが過去に報道陣に流したFAXの署名が問題視されているんですよね。

宮沢りえは字が下手?

森田剛さんと結婚報告のFAXに書かれていた署名は読みやすい字で書かれていますが、過去の署名が残念だと言われているんです。

中津ひろゆきさんとの離婚の際のFAXの署名はこうです。

宮沢りえ 離婚FAX 署名

書体は人を表すと言いますが、品行方正の宮沢りえさんからはかけ離れたギャル文字のようでヤバイですよね。

2018年3月18日発信の『スポーツ報知』でも署名のことが取り上げられていて、柔らかく“個性的”であると表現しています。

宮沢りえ 字

(※画像上から:2009年、2014年、2016年、2018年)

2014年の中津ひろゆきさんとの離婚や2016年の母親の訃報の際には変化がなかったのですが、2018年の森田剛さんとの結婚から美しく書こうと意識をしていることから、人生の再スタートを堅実に生きていこうという意志を感じますね。

宮沢りえの出身高校

宮沢りえさんは高校に進学していません。

高校在学時にあたる1989年から1992年はドラマが10本。

1992年1月放送『東京エレベーターガール』では主演で沢木つかさ役を演じました。

宮沢りえ ドラマ 東京エレベーターガール

映画は1989年8月26日公開の『どっちにするの』で波子・パンプキン役を演じています。

宮沢りえ 映画 どっちにするの

(※画像左から:風間トオルさん、宮沢りえさん、中山美穂さん)

1989年から1991年まで24時間テレビ『愛は地球を救う』のチャリティーパーソナリティーを務め、CMは富士通 『FM TOWNS』やカルビー 『ポテトチップス』など10本に出演し、芸能活動に専念していたことから高校には進学しませんでした。

【愛は地球を救う】

宮沢りえ 愛は地球を救う

【富士通 『FM TOWNS』】

宮沢りえ CM FMタウンズ

【カルビー 『ポテトチップス』】

宮沢りえ CM ポテトチップス

ポテトチップスのCMはモノクロで、B’zによる1992年5月27日にリリースされたシングル『BLOWIN’』がBGMとして使われ、子供が食べるポテトチップスのイメージを払拭させる画期的なものでした。

芸能活動に忙しすぎて高校に通う時間を作り出すのは難しく、高校に進学しなかったことは正解でしたね。




宮沢りえの出身中学校

宮沢りえさんは1986年4月に練馬区立大泉学園中学校へ入学し、1989年3月に卒業しています。

学校名 練馬区立大泉学園中学校
所在地 〒178-0061
東京都練馬区大泉学園町4−17−32
公式HP http://www.gakuen-j.nerima-tky.ed.jp/

宮沢りえさんが大泉学園中学校出身であることは、同校の制服を着ている画像があることから確かですね。

宮沢りえ 大泉学園中学校出身

大泉学園中学校 制服

宮沢りえの中学生時代のエピソード

俳優としてのデビュー作は、1988年8月13日公開の映画『ぼくらの七日間戦争』でした。

宮沢りえ ぼくらの七日間戦争

同映画に中山ひとみ役として出演していますが、当時15歳だった宮沢りえさんはかわいいと美しいで画面に目が釘付けでした。

映画初主演作にして『日本アカデミー賞新人賞』を受賞したのですが、演技の才能も生まれながらにしてあったのですね。

宮沢りえさんと同学年の後藤久美子さんはモデル・女優で活躍していますが、中学の頃に知り合い、一緒に旅行に行くほど仲がよくなったんですよ。

宮沢りえ 後藤久美子 中学生

女性セブンに下記のことが書かれていました。

”「いろんなオーディション会場で顔を合わせるなかで、かたい絆で結ばれていったそうですよ。親友というよりも、小学生の頃から大人の世界で働く“同志”という存在だったと思います」(芸能関係者)”
引用元【女性セブン2015年6月25日号】

大人になってからも親交は続いていて、宮沢りえさんが出演した2015年5月28日~30日公演の舞台『海辺のカフカ』がロンドンで行われたときも後藤久美子さんは客席から大きな拍手を送っていたとか。

公演の後は楽屋でハグをして再会を喜びましたが、多くを語らなくても分かり会えた様子なので、竹馬の友であり心の友だということですね。

宮沢りえの出身小学校

宮沢りえさんは1980年4月に練馬区立大泉学園緑小学校へ入学し、1986年3月に卒業しています。

学校名 練馬区立大泉学園緑小学校
所在地 〒178-0061
東京都練馬区大泉学園町5−11−47
公式HP http://www.gakuen-midori-e.nerima-tky.ed.jp/

宮沢りえさんが大泉学園緑小学校出身であることは、同校出身であるというつぶやきが投稿されていることから明らかになりました。

宮沢りえの小学生時代のエピソード

小学校5年生の時にモデルとしてデビューし、『週間セブンティーン』の表紙を飾りました。

宮沢りえ 週間セブンティーン

11歳で芸能界デビューした宮沢りえさんは、三井のリハウスのCM『白鳥麗子』役でブレイク。

宮沢りえ 三井のリハウス

その後、リハウスガールは第14代まで続き、これまでに坂井真紀さん、一色紗英さん、池脇千鶴さん、蒼井優さん、夏帆さん、川口春奈さんなど多くの有名女優を排出しています。

宮沢りえさんのデビュー当時の画像があります。

宮沢りえ デビュー当時

あまりにも美しすぎて、CGで作られた画像ではないかと疑ってしまうほどですよね。

宮沢りえの出身幼稚園

宮沢りえさんは1977年4月に大泉小鳩幼稚園へ入園し、1980年3月に卒園しています。

学校名 大泉小鳩幼稚園
所在地 〒178-0061
東京都練馬区大泉学園町3−17−67
公式HP https://www.oizumi-kobato.com/

宮沢りえさんが大泉小鳩幼稚園出身であることは、同園出身であるというつぶやきが投稿されていることから明らかになりました。

宮沢りえの幼稚園時代のエピソード

当時の画像がありますが、撮られ方を分かっているかのようなポージングです。

宮沢りえ 幼少期

一人っ子だった宮沢りえさんは、人形を妹として扱い“おままごと”をして遊んでいたのかもしれません。どちらがお人形さんなのか分からないくらいカワイイですよね。

宮沢りえさんは父親の顔を知らないんだそう。

ほとんど父親のことを知らない当時の宮沢りえさんは、父親のことを色々と妄想して遊んでいたことでしょう。

宮沢りえの学歴まとめ!

宮沢りえ宮沢りえさんはデビュー当時からその美しさと可愛らしさで大人気でしたが、容姿だけでなく女優業でも数多くの賞を受賞している実力派で、日本の芸能界には欠かせない人ですよね。

2018年3月にはV6の森田剛さんと再婚され、公私共に充実した生活を送ることでまた新たな作品に望んでもらいたいですね。