黒石高大

黒石高大さんの出身大学や高校などの学歴を徹底解説!卒アル画像や幼少期の画像を含め、学生時代に迫ります!

地元横浜でカリスマヤンキーだったにもかかわらず格闘技で2秒で失神したことなど、他では知れない情報満載でお伝えします。

黒石高大の出身大学

黒石高大さんは大学に進学していません。

2016年6月27日発信の黒石高大オフィシャルブログに❝大学いけない❞と学力が及ばなかったことを記載していることから、大学には進学しませんでした。

❝大学行けないし。行きたくないし。あっ。俳優やりたい。❞
引用元:【濱の狂犬 黒石高大 生まれてきてスミません 黒石高大オフィシャルブログ】

成人式のときと思われる画像を見るとやんちゃぶりが半端ありません。

黒石高大 成人式

他の画像も大学生にはとても見えませんね。

黒石高大 ヤンキー時代

大学に行っていたとしたら、3年生にあたる2008年3月に『THE OUTSIDER』で格闘技デビューをした黒石高大さんでしたが、愚連隊の総隊長をしていたことでケンカに自信があったために、全く練習をせずにリングに上がります。

初戦は保育士と対戦し、失神してKO負け。

黒石高大 対戦相手 保育士

黒石高大 アウトサイダー 初戦

負けたことを反省せず、「たまたま負けただけだ」と2回戦目も練習せずに出場したところ、司会開始後2秒で失神してKO負けしてしまいました。

黒石高大 アウトサイダー

さすがに3試合目は練習を重ねて挑んだのですが、意気込みすぎて試合前に相手を殴って無効試合裁定になってしまいました…。

それでも黒石高大さんは諦めずに4試合目からは勝ち続け、18戦7勝8敗2分1ノーコンテストで2015年に引退しました。

2010年からドラマ『インディゴの夜』、映画『ホームカミング』に出演して俳優として活躍しています。

黒石高大さんにとって、大学は必要ありませんでした。

黒石高大の出身高校

黒石高大 中沢高校

黒石高大さんは2002年4月に中沢高等学校・普通科(現:横浜富士見丘学園中等教育学校)へ入学し、2005年3月に卒業しています。

学校名 中沢高等学校(現:横浜富士見丘学園中等教育学校)
学科・コース 普通科
偏差値 41
入試難度
所在地 〒241-0814
神奈川県横浜市旭区中沢1丁目24−1
公式HP http://www.fujimigaoka.ed.jp/

黒石高大さんが中沢高校出身であることは、2017年9月20日公開の黒石高大オフィシャルブログに所属していたバスケットボール部のユニフォームに記名があったことから間違いありません。

黒石高大 高校時代 バスケットボール部

ヤンキーで忙しかった黒石高大さんですが、試合は1度だけ出場したそうですよ。

黒石高大の高校時代は愚連隊帳だった?

2019年4月23日放送のバラエティ『しくじり先生』に出演したときの話によると、ヤンキーは3種類に分かれるんだそう。

  • ギャング(暴力団、強盗)
  • 愚連隊(違法行為や暴力行為を働く不良青少年集団)
  • 暴走族(交通の妨害や危険をもたらす集団)

黒石高大さんは17歳の時に❝のれん分け❞の形で愚連隊の総隊長に就任しました。

黒石高大 高校時代

ヤンキーの目的は❝怖がらせること❞で、眉を細くしたり、わざと大きな声を出して威嚇していたんだとか。

当時の画像は見事に怖いものばかりです。

黒石高大 ヤンキー時代

黒石高大 ヤンキー時代

黒石高大 ヤンキー時代

黒石高大 高校時代

なかにはかわいらしい表情のもありますね。

生徒手帳の証明画像でさえ怖い始末…。

黒石高大 高校 生徒手帳

2013年11月23日発信の『図書新聞』によると、黒石高大さんは16歳のときに交番に襲撃をかけて逮捕されたこともあったんですよ…。

❝不良だった黒石高大は、交番を襲撃して少年院送りとなる。❞
引用元:【顔を見せる映画、顔の見える映画――本田昌広監督『Tightrope タイトロープ――アウトサイダーという生き方』(図書新聞)】

交番のおまわりさんを怖がらせようとしたのかもしれませんが、少年院を出てきたときに更生できたらよかったのに、愚連隊長になってしまったんですね…。

しかし、校長先生に「もう本当に面倒見きれません黒石君の未来の為に自主退学してださい」と言われてしまいます。

また、母親が黒石高大さんが寝ているときに枕に包丁を突き付けたことがありました。

❞「ある日寝てたら突然ストンと、おかんが枕の横に包丁突きつけてるんですよ。目を見たら、やるなって目をしてる。お前がこれ以上人に迷惑をかけるなら母としてお前を殺して私も死ぬ」。❞
引用元:【顔を見せる映画、顔の見える映画――本田昌広監督『Tightrope タイトロープ――アウトサイダーという生き方』(図書新聞)】

黒石高大さんは「中退したら中途半端な奴になる」と改心し、毎日反省文を書いて先生に本気度を分かってもらったんですって!

改心後は無遅刻無欠席だったと言いますから、本気の本気だったことがうかがえます。

少年院に入所していたにもかかわらず、黒石高大さんは高校を留年することなく卒業しました。悪の道に進まず踏みとどまった黒石高大さんは立派ですね。

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黒石高大の出身中学校

黒石高大 万騎が原中学校

黒石高大さんは1999年4月に横浜市立万騎が原中学校へ入学し、2002年3月に卒業しています。

学校名 横浜市立万騎が原中学校
偏差値
入試難度
所在地 〒241-0836
神奈川県横浜市旭区万騎が原31
公式HP http://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/jhs/makigahara/

黒石高大さんが万騎が原中学校出身であることは、2018年1月13日公開の黒石高大オフィシャルに掲載された手紙の住所と横浜市の中学校の通学区と照らし合わせたことから間違いありません。

黒石高大 横浜住所

黒石高大の中学時代は教師が夢だった?

黒石高大さんは勉強がとにかく嫌いで、2016年6月27日の黒石高大オフィシャルブログによると、漫画『GTO』を見て教師になることを決意したんだそう。

「先生オレ教師になるよ。俺みたいなのが教師になっほーがいーだろ」と勉強を始めた途端、先生がちやほやしてくれて、成績優秀な女子のクラスメイトが黒石高大さんの家にまで来て勉強を教えてくれたんだとか。

「小学生のころからクズ扱いされていた」と語っていた黒石高大さんですが、笑顔の素敵な人なので実はみんなから好かれていたに違いありません。。

中学3年生のときの画像を見ると、勉強に力を入れていても髪の色と細い眉はやんちゃですね…。

黒石高大 中学時代 3年生

部活はバスケットボール部に所属し、練習が終わってからも一人で練習を続けていたと言いますから、負けず嫌いだったのでしょう。

黒石高大の出身小学校

黒石高大 二俣川小学校

黒石高大さんは1993年4月に横浜市立二俣川小学校へ入学し、1999年3月に卒業しています。

学校名 横浜市立二俣川小学校
所在地 〒241-0821
神奈川県横浜市旭区二俣川1丁目33
公式HP http://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/es/futamatagawa/

黒石高大さんが二俣川小学校出身であることは、中学校と同じように手紙の住所と横浜市の小学校通学区と照らし合わせたことから間違いありません。

黒石高大は小学生時代からグレていた?

2019年4月23日放送の『しくじり先生』に出演した際に黒石高大さんが語っていたことには、小学生からグレていたんだそう。

「尾崎豊さんの『15の夜』に出てくるような悪さをしていた」と言っていたので、バイクを盗んで走っていたのかもしれません。窃盗と無免許とはかなりのやんちゃぶりです。

卒業式に先輩が来て、「今日からお前はギャングだ」と言われ、そのままギャングの道へ進んでしまったんだとか。

入学当初は内気な子供だったようですが、2019年4月25日放送のバラエティ『有吉反省会』に出演した時に「母子家庭で育った」と語っていたことから、いじめにあった反動でグレた可能性がありますね。

「学校を休みたくて仕方なかった」と黒石高大オフィシャルブログに書かれているところをみると、嫌々ながらも学校に通っていたということで、努力していたんですね。

ちなみに、小学生時代は少年野球をしていたようですよ。

黒石高大の出身保育園

黒石高大さんは1993年3月に卒園しています。

黒石高大さんの出身保育園がは明らかにされていません。保育園の数が多いため、新しい情報が入りましたらここに追記していきます。

黒石高大は保育園を辞めたかった?

黒石高大さんは保育園にどうしても行きたくなくて、登園するために車に乗った瞬間から❝寝たふり❞をして、園に到着しても車から出てこなかったんだそう。

園長先生と母親の2人がかりで車から引きずりおろされて毎日登園していたんだとか。泣きながらシートにしがみついていたのかと想像すると、母親が大好きで離れたくなかったのかなと感じますね。

黒石高大の学歴まとめ!

黒石高大

【調査中】保育園
入園年月
卒園年月 1993年3月
横浜市立二俣川小学校
入学年月 1993年4月
卒業年月 1999年3月
横浜市立万騎が原中学校
偏差値 入試難度
入学年月 1999年4月
卒業年月 2002年3月
神奈川県立中沢高等学校(現:横浜富士見ヶ丘学園中等教育学校)
偏差値 41 入試難度
入学年月 2002年4月
卒業年月 2005年3月
大学
偏差値 入試難度
入学年月 進学せず
卒業年月

黒石高大さんは小学生からヤンキーで少年院に入所した経験を持ちながら、更生して俳優で活躍していることはヤンキーの希望の星となっていることでしょう。

2秒でKO負けをしても諦めない精神でこれからも活躍されることを期待します。