明石家さんま

明石家さんまさんの出身高校や大学などの学歴と本当の出身地を徹底解説!卒アル画像やロン毛画像を含め、学生時代に迫ります!

継母からいじめられた壮絶な生い立ちや慕われていた弟を失っていたことなど、他では知れない情報満載でお伝えしています。

明石家さんまの出身大学

明石家さんまさんは大学に進学していません。

高校を卒業する少し前の1974年2月に笑福亭松之助師匠のところに弟子入りをして、落語の道に進んでいることから、大学には進学しませんでした。

笑福亭松之助

弟子入りしてわずか半年後に『笑福亭さんま』の高座名で落語家としてデビューをしています。

明石家さんま 高校卒業後

当時の大人気深夜番組『11PM』に出演した際には、笑福亭松之助師匠の助言でスーツ姿で出演しました。

明石家さんま 高校卒業後

司会の藤本義一さんには「テレビが分かっていない」と怒られてしまうのですが、共演していた横山やすしさんにとても気に入られたんだそう。

【藤本義一】

藤本義一

【横山やすし】

横山やすし

ところが、間もなく弟子修行を放り出してしまうんですよ。

明石家さんまは愛の逃避行をしていた!

モテモテの明石家さんまさんは、交際していた女性と一緒に急に出て行ってしまうんです。

❝駆け出し時代の1974年、19歳だった時に突然、「師匠、辞めさせていただきます」と松之助に告げ、弟子修行を放り出し、姿を消した。愛する女性と暮らすため、東京に向かったという。❞
引用元:【さんま 40年前に愛の逃避行「溺れた」(デイリー)】

弟子入りして1年足らずで逃避行とはびっくりですが、更に驚くことには笑福亭松之助師匠が明石家さんまさんを破門にするどころか関係者に「東京に行っているけれど、帰ってくるからよろしく。」とお願いしていたんですよ。

❝普通なら、師匠(松之助)が弟子(さんま)を破門にするところ。しかし、松之助はさんまが飛び出した翌日、ほかの落語家らに「杉本(さんまの本名)ってのは今、ちょっと出て行ってるんだけど、また帰ってくるんでよろしく」と頭を下げていたという。❞
引用元:【さんま 40年前に愛の逃避行「溺れた」(デイリー)】

明石家さんまさんは半年後に笑福亭松之助さんの元に帰ってきたときには、叱ることもなく「ラーメン食べに行くか」だけだったんだそう。

その後、笑福亭松之助師匠の勧めで1976年に『明石家さんま』に改名をして落語家から芸人に転身しました。

明石家さんま 高校卒業後

ちなみに芸名『さんま』は、父親が魚の加工業をしていて❝さんま❞を扱っていたことから名づけたんだそう。

明石家さんま 父親

父親の家系は芸能界に縁があるようで、明石家さんまさんの父親とタレントの山本梓さんの父親が親戚なんですよ。

山本梓

親戚を利用するのは禁じ手だと言う明石家さんまさんの考えで封印しているそうですが、隠していても鼻が高いところなどが似ていますね。

明石家さんまさんが芸人として軌道に乗ってきたころ、明石家さんまさんに不幸が訪れてしまうのです…。

明石家さんまの弟が高校生で他界!

明石家さんまさんは3歳のときに実母が病死し、父親は明石家さんまさんより8歳年下の男の子がいる女性と再婚しました。

男の子(弟)は明石家さんまさんを慕っていて、「今度サッカーを見に一緒に行こう。」と約束をしていたにも関わらず1983年4月に火事で亡くなってしまいました(享年19才)。

原因は明らかになっていませんが、焼身自殺であった可能性があると報道されています。

明石家さんま 弟 新聞

弟は高校生でサッカーが上手でインターハイにも出場していたという情報もあり、19才で高校生だったとは留年をしていたかもしれないと考えると、新聞記事書かれているように家業後継問題で悩みがあって不登校になっていたのかもしれません。

明石家さんまさんは芸能界を引退したいと思うほどショックを受けていたのですが、意気消沈する明石家さんまさんを見かねてオール巨人さんは舞台でわざと「お前んち、兄弟焼いたらしいな。」と踏み込んでくれたんだそう。

オール巨人

明石家さんまさんはオール巨人さんの励ましに気付き、「そや、材木きれたから代わりに焼いたんや。」と切り返したことで吹っ切れたんだとか。

明石家さんまさんがいかに周囲から好かれていたかがわかりますね。

明石家さんまの出身高校

奈良商業高等学校(現:奈良朱雀高等学校)
明石家さんまさんは1971年4月に奈良県立奈良商業高等学校へ入学し、1974年3月に卒業しています。

学校名 奈良県立奈良商業高等学校
学科・コース 調査中
偏差値 43~46
入試難度
所在地 〒630-8031
奈良県奈良市柏木町248
最寄り駅 九条駅(近鉄橿原線)
公式HP http://www.e-net.nara.jp/hs/narasuzaku/

明石家さんまさんが奈良商業高校出身であることは、2019年12月1日放送の『誰も知らない明石家さんま第5弾』で同校出身と紹介されていることから間違いありません。

❝…長らく訪れていなかったさんまの母校「奈良商業高校(現:奈良朱雀高校)」へ。今人気のりんごちゃん、アインシュタインを連れてサプライズ訪問。全校集会中の突然の出来事に在校生は騒然!❞
引用元:【誰も知らない明石家さんま 第5弾(日本テレビ放送網株式会社)】

明石家さんまの高校時代は人生最高のウケ!

面白いことばかりをして人気だった明石家さんまさんは、体育祭の徒競走で逆走して乾(いぬい)先生に捕まっていたんですよ。

明石家さんま 高校時代

「こらぁ!」と怒られている声が聞こえてきそうですが、周囲は大爆笑だったんだとか。

サッカー部に在籍し奈良県ベスト4の成績を残すほどの強豪チームのムードメーカーだったことから、新入生に向けてのクラブ紹介を明石家さんまさんが担当することになりました。

2019年1月11日放送の『A-stuidio』に出演した際の話によると、サッカー部の紹介で笑いを取った後、体操部の生徒が「俺は恥ずかしいから、代わりにやってくれへんかな?」と明石家さんまさんに頼んだところ、「よっしゃ」の2つ返事で再び檀上に立ったんですよ。

メガネをかけて別人のふりをして「体操部です。」と説明をし、壇上から降りようとすると今度は相撲部が「うちもお願い」と言うので、再び檀上にあがり、「どすこい、相撲部です。」と言うと、どっかーんと大うけしたんですって!

結局、21件のクラブ紹介を明石家さんまさん1人がすることになり、壇上に上がる度に大爆笑で、人生で一番の大うけだったんだそう。

芸人並みに笑いをかっさらう明石家さんまさんですから、女子生徒からの人気も高く、バレンタインデーのチョコレートは渡すために行列ができたほどだったんだとか。

当時の画像を見てもイケメンで面白いとなれば、モテるのも当然。

明石家さんま 高校時代

明石家さんま 高校時代

高校時代に体育祭で乾先生から叱られている画像のようにロン毛にしていたのは、サッカーの元北アイルランドの選手『ジョージベスト』さんを真似していたからなんですよ。

ジョージ・ベスト

サッカーに没頭していたのかと思いきや、授業を抜け出してパチンコに行き、勝ったときは友人に分配していたそうで、息抜きもしていたんですね。




明石家さんまの出身中学校

明石家さんま 三笠中学校

明石家さんまさんは1968年4月に奈良市立三笠中学校へ入学し、1971年3月に卒業しています。

学校名 奈良市立三笠中学校
偏差値
入試難度
所在地 〒630-8125
奈良県奈良市三条川西町3−1
最寄り駅 新大宮駅(近鉄奈良線)
公式HP http://www.naracity.ed.jp/mikasa-j/

明石家さんまさんが三笠中学校出身であることは、2013年6月30日放送の『さんまのスーパーからくりTV』で同校出身と紹介されていることから間違いありません。

SNSの掲示板『mixi』の三笠中学校版でも、明石家さんまさんが同校出身であることが投稿されていることから確かですね。

三笠中学校 mixi

実は、難関中学校で有名な『東大寺学園中学校』(偏差値:66~69)を受験していたんですよ。

明石家さんま 掲示板

不合格だったにせよ、中学受験をするほど明石家さんまさんは成績優秀だったんですね。

驚くことに、2018年1月2日放送の『新春大売り出し!さんまのまんま』によると、明石家さんまさんに中学受験を勧めた先生は村田諒太さんの親せきだったんですよ。

❝奈良県出身の2人は、地元トークに花を咲かせた。村田はさんまの小学生時代の担任について質問。さんまがある人物の名前を挙げると「遠いんですけど親戚らしいんです」と、ビックリなつながりを告白。さんまもその先生のことをよく覚えており、なぜか名門中学を受験させられたという思い出を披露。❞
引用元:【さんま、小学校時代の担任は村田諒太の親戚だった!(スポーツ報知)】

明石家さんま 中学生時代 1年生

村田諒太の出身校や偏差値は?ヤンキーな中学時代の画像とボクシングを始めた意外なキッカケ!

明石家さんまさんが優秀だったのは学力だけではありませんでした。

明石家さんまの中学時代は在籍1週間で奈良県優勝!

2010年1月11日放送の『A-stuidio』に出演した際の話によると、明石家さんまさんは1週間しか相撲部に在籍していないのにもかかわらず、奈良県中学生相撲大会で団体優勝と個人準優勝の成績を残しています。

明石家さんま 中学時代

スレンダーな明石家さんまさんから相撲を取ることは想像がつきませんが、相撲部の顧問は明石家さんまさんの相撲のセンスを見抜き、高校受験の内申に有利だろうと、「1週間だけ相撲部に入ったら、3年間在籍したことにしてやる」とスカウトしたんだとか。

奈良県中学生相撲大会の対戦相手は体重100kgもある強者で、まともにぶつかっては勝てないと明石家さんまさんは❝肩透かし❞などの意表を突く技で勝ち進んでいったんですって!

正々堂々と戦うことが美学のように感じますが、勝つためにはどうしたらいいかを考える頭の柔らかさが明石家さんまさんにはあったんですね。

ちなみに、在籍していた部活は仲の良かった2人とで『あーあーズ』を結成し、「スポーツには基本が大事だ!」と腹筋や腕立て伏せなどの基礎練習を極める『基本部』を設立して活動していました。

明石家さんま 中学時代 あーあーズ

(※さんまの『さ』川崎の『か』服部の『は』は全て母音が『あ』であることから『あーあーズ』)

明石家さんまさんは軟式テニス部だったという情報もあり、いろんな部に在籍していたのかもしれません。

明石家さんま 中学時代

学校では華やかな活躍ぶりでしたが、家では寂しい想いをしていたんです…。

明石家さんまの継母のいじめがひどい!

小学4年生でできた継母は、明石家さんまさんのことを無視していたんだそう。明石家さんまさんには兄がいますが、兄のことも同様に相手にんだとか。

明石家さんまさんは何とかして継母を笑わせようと努力していたのですが、夜に寝ている隣の部屋から「私の子供はこの子(義理の弟)だけ。」と言うお酒を飲みながら話す継母の声が聞こえてきて、兄と号泣していたんですよ…。

暴力はなかったとは言え、精神的にズタズタにされた明石家さんまさんは辛かったでしょうね。大人になってもお酒を飲んだ女性が明石家さんまさんは苦手だそうで、心の傷の深さは計り知れません。

大竹しのぶさんと結婚したと同時に明石家さんまさんは継父になりましたが、義理の息子・二千翔さんにに寂しい想いをさせないようにと実の娘・IMALU(いまる)さんも自分のことを「ボス」と呼ばせていました。

大竹しのぶさんと離婚した際に、二千翔さんは「ボスのところに行く!」と言ったほど慕われていたんですって!

仲が良くなるのは難しい『義理の弟』や『義理の息子』に慕われる明石家さんまさんの器はとてつもなく大きいのでしょうね。

明石家さんまの出身小学校

明石家さんま 鼓阪小学校
明石家さんまさんは1962年4月に奈良市立鼓阪(つざか)小学校へ入学し、1968年3月に卒業しています。

学校名 奈良市立鼓阪小学校
所在地 〒630-8211
奈良県奈良市雑司町97
最寄り駅 近鉄奈良駅(近鉄奈良線)
公式HP http://www.naracity.ed.jp/tsuzaka-e/

明石家さんまさんが鼓阪小学校出身であることは、同校の校長通信に卒業生として掲載されていることから間違いありません。

鼓阪小学校 校長通信

明石家さんまの小学生時代はムササビを生け捕り!

明石家さんまさんが小学生6年生のときに石で生け捕りにしたムササビが鼓阪小学校に飾っているんですよ。

【鼓阪小学校の校長通信】

明石家さんま 小学校時代 ムササビ

当時、ムササビを生け捕りにしたことが地元の新聞に掲載されたんだそう。のどかなことが新聞記事になるなんて奈良市雑司町がいかに平和な地域であることがうかがえますね。

小学生時代は水泳部に所属しながらも、水彩画が全国コンクールで入賞。しかも人を笑わせていたようで、人気者であったことは間違いないでしょう。

小学生時代の夢は❝アメリカ王者のプロレスラー❞だったそう。

一方で明石家さんまさんは泣き虫だったという情報もあり、弱いからこそプロレスで強くなろうとしていたのかもしれません。

明石家さんまの出身幼稚園

明石家さんま 鼓阪幼稚園

明石家さんまさんは1959年4月に奈良市立鼓阪幼稚園へ入園し、1962年3月に卒園しています。(※2015年に閉園)

学校名 鼓阪幼稚園
所在地 〒630-8211
奈良県奈良市雑司町355
最寄り駅 近鉄奈良駅(近鉄奈良線)
公式HP

明石家さんまさんが鼓阪幼稚園出身であることは、2013年5月12日放送のバラエティ『さんまのスーパーからくりTV』で同園を卒業した内容を語っていることから間違いありません。

明石家さんまの幼稚園の園長にサバンナ八木の母親が就任!

『さんまのスーパーからくりTV』の母の日特集でサバンナ八木さんが母親と登場したのですが、サバンナ八木さんの母親は明石家さんまさんが卒園後に鼓阪幼稚園の園長に就任したんだそう。

明石家さんま テレビ さんまのスーパーからくりTV

明石家さんまさんの幼稚園時代の伝説も残っていて、クラスで一番IQが高く頭の回転が速くて賢かったんですって!

明石家さんま テレビ さんまのスーパーからくりTV

明石家さんま 幼少期

前髪ぱっつんの明石家さんまさんは裕福な家庭のボンボンの印象ですね。

まだ言葉も話せないほどの小さい頃に❝海の見える場所で家族みんなが笑っている情景を見た❞ことを覚えているそうで、記憶力も抜群だったんですよ。

奈良県に海が無いにもかかわらず海の見える場所を覚えているのは、明石家さんまさんの出生地が和歌山県だからなんです。

2014年7月22日発信の『Asageiプラス』によると、出身は和歌山県だと掲載されています。

❝番組への意気込みが強く、さんまさんの意見で初回のセットは海をイメージしたものになりました。解答者に渡される巻貝やマンボウもそうです。海のない奈良県育ちなので意外だと思われますが、出身は和歌山県古座町(現・串本町)で、海は馴染み深いものだと言ってましたね。❞
引用元:【明石家さんまが「からくりTV」で見せたセットへのこだわり(Asageiプラス)】

明石家さんまさんが3歳のときに実母が病死しているので、父子家庭になったのを機に奈良県に引っ越しをしたのでしょうね。

明石家さんまさんいわく幼いころから昼寝を全くしない子供だったらしく、疲れ知らずの脳を持っていたのでしょう。

明石家さんまの学歴一覧・出身地詳細

明石家さんま

奈良市立鼓阪幼稚園
入園年月 1959年4月
卒園年月 1962年3月
奈良市立鼓阪小学校
入学年月 1962年4月
卒業年月 1968年3月
奈良市立三笠中学校
偏差値 入試難度
入学年月 1968年4月
卒業年月 1971年3月
奈良県立奈良商業高等学校(現:奈良県立奈良朱雀高等学校)
偏差値 43~46 入試難度
入学年月 1971年4月
卒業年月 1974年3月
大学【進学せず】
偏差値 入試難度
入学年月
卒業年月

ここまで明石家さんまさんの学歴について見てきましたが、幼稚園に入園する前に住んでいた和歌山県東牟婁郡古座町が出身地です。

東牟婁郡古座町は町の木がポンカンなので明石家さんまさんは食べ過ぎて手が黄色くなっていたのかものかも?

明石家さんまさんは幼稚園時代からIQが高く、常に人を笑わせていました。また継母にいじめられながらも弟を大事にしていたほど優しい人であるからこそいつまでも第一線で活躍できるのでしょう。