イチロー

イチローさんの出身大学や高校などの学歴を徹底解説!昔の画像や幼少期の画像を含め、学生時代に迫ります!

野球だけでなく学校の成績も伝説級だったことやスカートめくりをしていたことなど、他では知れない情報満載でお伝えします。

イチローの出身大学

イチローさんは大学に進学していません。

イチローさんは高校3年生にあたる1991年のドラフト会議でオリックスブルーウェーブ(現・オリックスバファローズ)から4位指名を受けて入団していますので、大学には進学していません。

イチロー ドラフト会議

イチロー ドラフト

2015年3月12日放送の『報道ステーション』で野球キャスター・稲葉篤紀さんとの対談中にイチローさんが「稲葉さんは大学出ているんですよね。大学行っている人は『大学なんて行かなくていい』って言えるからうらましい。」と語っていたことから、大学に進学してみたいと思っていたんですね。

イチロー 稲葉篤紀 対談

入団当時は2軍でスタートしていたイチローさんも1994年に1軍に昇格し、大学在学時にあたる1996年までに下記の偉業を成し遂げました。

【1994年】

  • 日本プロ野球新記録となる“69試合連続出塁”
  • 日本プロ野球史上初となる“シーズン200本安打”
  • パシフィック・リーグ新記録となる“打率.385”で首位打者
  • 最高出塁率
  • ベストナイン・ゴールデングラブ賞
  • 正力松太郎賞
  • シーズンMVP

【1995年】

  • 首位打者
  • 打点王
  • 打者五冠王(打点王と盗塁王の同時獲得は日本プロ野球史上初)
  • 盗塁王
  • 最多安打
  • 最高出塁率
  • 全試合フル出場での首位打者
  • シーズンMVP
  • ベストナイン
  • ゴールデングラブ賞
  • 正力松太郎賞

【1996年】

  • 首位打者
  • 最多安打
  • 最高出塁率
  • 最多敬遠
  • 猛打賞26回
  • 優秀選手賞
  • シーズンMVP

大学に進学して学生野球を経験した上でプロ野球界に入ることも選べますが、上記ほどの成績を残せていることから考えると、大学に進学していた時間がもったいなく、進学しなくて正解でしたね。

イチローの出身高校


イチローさんは1989年4月に愛知工業大学名電高等学校へ入学し、1992年3月に卒業しています。

学校名愛知工業大学名電高等学校
学科・コース普通科スポーツコース
偏差値45
入試難度
所在地〒464-8540
愛知県名古屋市千種区若水3丁目2−12
公式HPhttps://www.meiden.ed.jp/

イチローさんが愛知工業大学付属名電高校出身であることは、同校から1990年夏と1991年春に甲子園に出場していることから間違いありません。

イチロー 愛知工業大学付属名電高等学校 甲子園

イチロー 高校時代

イチロー 高校時代

イチロー 高校時代

甲子園出場前にイチローさんは新聞社に向けたアンケートで「将来、山の管理人になりたい」や、「キノコ園を経営する」、好きな言葉は「がちょーん」と回答。お茶目な一面が見られます。

イチロー 高校時代 甲子園アンケート

イチローさんはプロ野球選手になることを最優先にして同校の全寮制のスポーツコースを選んだので、甲子園に行くつもりは全く無かったんだそう。

イチロー 稲葉篤紀 対談

『報道ステーション』の稲葉篤紀さんとの対談中に「プロ野球のスカウトマンの目に留まるには、『甲子園に出ておいたほうがより良いだろう』ぐらいの感覚だった。」と語っています。

入学した当時、監督は「野球をするのは無理」と言ったほどイチローさんは痩せていたのにもかかわらず、1年生からレギュラー入りをしていてポジションはサード、打順は1-3番でした。

高校3年間の公式戦での成績は下記の通り。

  • 通算打撃成績536打数269安打
  • 打率.501
  • 本塁打19本
  • 二塁打74本
  • 三塁打28本
  • 盗塁131
  • 三振3

高校生で通算打率が3割を超えていたら“超高校生級”と言われるところをイチローさんは5割を超えていて、高校3年生に限って言うと7割を超えていたというウルトラ超級だったんですよ。

イチロー 高校時代 3年生

イチロー 高校時代

監督が言うように腕は本当に細くて筋肉がなさそうに見えますが、秘めたる力が備わっているんですね。

愛知工業大学付属名電高校は「イチローがスイングすれば97%の確率でバットに当たる」と主張していて、人間業ではありません。

イチローさんの優れているところは、“ボールをバットの芯で捉えるセンスが抜群”なんだそう。

中学時代は軟式野球をしていたので、打った瞬間にボールが変形する難しさの中で練習していましたが、高校では硬式になったので打つことが簡単になったんですって!

その上、練習を大事にしていたイチローさんは、野球部の練習(タイヤ・ショベル)が終わった後も1人真っ暗な砂場でスイングの練習をしていました。

砂場だと上半身でしっかりと振らないと足元を取られるからいい練習になるそうですが、疲れている夜に真っ暗な所で毎晩ひとりぼっちとはかなり意識が高くないとできないですよね。

スイングの練習は多くしながらも投げる練習に関しては調整していて、“肩は消耗品だから大事に使う”ことを徹底していました。

イチロー 高校時代

静止しているにもかかわらず、ものすごいパワーにみなぎっている様子が伝わってきますね。

しかし、投手から野手に転向することになってしまいます。

“学校へ自転車で通学途中に車と接触して怪我をしたから”と言われていましたが、実は“イップスという精神的な理由で投げられなくなったから”と『報道ステーション』の稲葉篤紀さんとの対談で語っていました。

イチロー 稲葉篤紀 対談

野球部は1年生から3年生まで全員が大広間で布団を敷き、寝起きを共にしていまが、1年生は人間扱いされていなかったんだそう。

「1年生はゴミ、2年生は人間、3年生は神様で、ゴミが神様に球を投げるなんてできないですよね。」

イチロー 稲葉篤紀 対談

野球部のメンバーからは「茶目っ気のあるやつで、上級生に好かれていた」と言われていたイチローさんであっても精神的に病んでしまうほど当時の野球部の上下関係は厳しかったんですね。

野球をするために入学した高校ですが、スポーツ推薦ではなく成績特待生で合格していたんですよ。

イチローの高校時代は学業成績も伝説級!

イチローさんは学業の成績も常に上位10位以内で、数学と音楽は4でしたが他の教科は全て“5”、10位以内に居たんだそう。

スポーツコースは偏差値45ですが、普通科特別進学コースの偏差値は65で、東京大学、京都大学、東北大学、九州大学、北海道大学、大阪大学、名古屋大学に年間数人合格するほどの学力を持っているコースです。

特別進学コースの人達と肩を並べるほどの成績を残していたイチローさんは、校長先生から「東大合格も夢ではない。」と言わせたほどだったんですよ!

野球も学業も伝説を残していることに対し、イチローさんは「僕だって勉強も野球の練習も嫌いですけど、目標を持って努力することで結果がでるのは嬉しいじゃないですか。」と言っていて、さらりと語る言葉がかっこいいですよね。




イチローの出身中学校

イチロー 豊山中学校

イチローさんは1986年4月に豊山町立豊山中学校へ入学し、1989年3月に卒業しています。

学校名豊山町立豊山中学校
偏差値
入試難度
所在地〒480-0202
愛知県西春日井郡豊山町豊場前池39
公式HPhttp://www.t-toyoyama-j.ed.jp/

イチローさんが豊山中学校出身であることは、同校のホームページに“豊山中学校の誇り”と掲載されていることから、間違いありません。

“豊山中学校の誇りであるイチロー選手のお言葉を選手と共に聞くことができました。”
引用元:【吹奏楽部 イチロー杯閉会式演奏(豊山中学校)】

イチローの中学時代は?

中学時代のイチローさんは、軟式野球部に所属しエースで3番打者でした。

イチロー 中学生時代

まだ子供半分のような幼さが可愛らしいです。

中学3年生の時には第5回全日本少年軟式野球大会に出場し、3位の成績を残しています。

全国大会に出場をすることは小学校の卒業文集に書かれていて、中学生にして有言実行をしていたんですね。

『報道ステーション』で対談した稲葉篤紀さんとはイチローさんが中学3年生のとき、稲葉篤紀さんが高校1年生のときに空港バッティングセンターで出会っていました。

周囲の人から「稲葉篤紀さんは将来プロ野球選手になる人だ」と聞いていたイチローさんは、バッティングする稲葉篤紀さんを観察していたんだそう。

「稲葉篤紀さんがプロ野球選手になれるのであれば、僕もなれる」と確信したときだそうで、当時からバッティングに絶対的な自信があったんですね。

学校の成績は中学生時代もトップクラスだったようで、野球の練習に忙しかったはずのイチローさんは、授業中に全て理解していたのでしょう。

イチローの出身小学校

イチロー 豊山小学校

イチローさんは1980年4月に豊山町立豊山小学校へ入学し、1986年3月に卒業しています。

学校名豊山町立豊山小学校
所在地〒480-0202
愛知県西春日井郡豊山町豊場中之町10
公式HPhttp://www.t-toyoyama-e.ed.jp

イチローさんが豊山小学校出身であることは、2019年3月22日発行の『毎日新聞』に同校在学中の担任が「お疲れ様でした。」と語ったことが掲載されていることから、間違いありません。

“イチローさんが愛知県豊山町立豊山小5、6年生だった当時担任を務めた小学校教員、鷲尾紅美代さん(58)=名古屋市天白区=は、「長い間お疲れさまでした」と話した。”
引用元:【2019年3月22日(毎日新聞)】

イチローの小学生時代はわんぱくだった?

小学2年生のイチローさんはわんぱくで、“スカートめくり”にハマっていたんだそう。

小学生時代のイチローさんですが、カメラを向けられて「イェーイ!」と喜んでいそうな画像ですが、スカートめくりが成功したときも同じ顔をしていそうですね。

イチロー 小学生時代

当時から運動神経が良かったイチローさんから逃げられる女子はいなかったでしょう。

成績は小学校から抜群で常に学年10位以内をキープし、特に漢字が得意だったことから“漢字博士”の異名も持っていたんですよ。

習字やそろばん塾、囲碁教室にも通っていたのが、学習塾に通わずとも高成績を出せる要因だったのかもしれません。

2年生のときからプロ野球選手を意識し始めたイチローさんは、3年生のときに地元の野球チーム『豊山スポーツ少年団』に入団し、右投げ左打ちのエースで4番でした。

イチロー 小学 生時代

練習が日曜日しかなかったことから平日は父親と一緒に練習をはじめ、卒業するまでの4年間、ほとんど休んでいないんですよ。

当時の画像を見るとユニフォームを着ていることから、豊山スポーツ少年団の練習後に帰ってきてからも練習しているように見え、本当に練習熱心だったんですね。

イチロー 小学生時代

空港バッティングセンターに通い、3年で時速104km、6年生で時速120kmの球を重い木製のバットで打っていたんですよ!

空港バッティングセンターの社長はイチローさんのために専用のマシンを用意してくれたほどで、イチローさんの才能は小学校のころから優れていたということですね。

卒業文集に将来の夢のことを書いているのですが、プロ野球選手で活躍することをイメージし、するべきことを明確にできていることに感服です。

イチロー 卒業文集

“ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校でも全国大会へ出て、活躍しなければなりません。練習が必要です。

365日中、360日は、はげしい練習をやっています。

去年の夏ぼくたちは、全国大会へ行きました。そしてほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会ナンバ-1投手とかくしんできるほどです。全体を通して打りつは5割8分3厘でした。

そして、ぼくが一流の選手になって試合にでれるようになったら、お世話になった人に招待券をくばって、おうえんしてもらうのも1つです。”
引用元:【イチロー小学生時代卒業文集】

周囲への感謝の気持ちも忘れずにいるとは、学業だけではない人間としての優しさも兼ね備えていたんですね。

イチローの学歴まとめ!

イチロー

【調査中】幼稚園 保育園
入園年月1977年4月
卒園年月1980年3月
豊山町立豊山町小学校
入学年月1980年4月
卒業年月1986年3月
豊山町立豊山中学校
偏差値入試難度
入学年月1986年4月
卒業年月1989年3月
愛知工業大学付属名電高等学校
偏差値45入試難度
入学年月1989年4月
卒業年月1992年3月
大学
偏差値入試難度
入学年月進学せず
卒業年月

小学生のころからの夢がプロ野球選手だったイチローさんに大学に進学することは必要のないことでした。

高校の校長先生から「東大も夢ではない」と言われていただけに少しもったいない気もしますが、伝説を作る人にとっては全く関係ないことなのでしょう。

現役を引退し、第2の人生はどんな伝説を作ってくれるのか楽しみですね。