石田純一

石田純一さんの出身大学や高校などの学歴と本当の出身地を徹底解説!卒アル画像や幼少期の画像を含め、学生時代に迫ります!

中学時代にツッパって何度も停学処分を受けていたことや父親も姉も有名人だったことなど、他では知れない情報満載でお伝えしています。

石田純一の出身大学

早稲田大学

石田純一さんは1972年4月に早稲田大学・商学部へ入学し、1978年に中退しています。

学校名早稲田大学
学部・学科商学部
偏差値80
入試難度難関
所在地〒169-0051
東京都新宿区西早稲田1丁目6−1
最寄り駅早稲田駅(地下鉄東西線)
公式HPhttps://www.waseda.jp/fpse/pse/

石田純一さんが早稲田大学商学部に在学していたことは、講演会講師派遣サイト『Speakers.jp』に同校出身と掲載されていることから間違いありません。

❝東京都立青山高等学校卒業後、早稲田大学商学部在学中に演劇を学ぶために渡米。❞
引用元:【石田純一(Speakers.jp)】

1978年に中退したことは、2019年2月28日発信の『新R25』に掲載されていることから確かです。

❝【石田純一(いしだ・じゅんいち)】1954年、東京都目黒区生まれ。1978年に早稲田大学を中退し、「演劇集団 円」の研究生となる。❞
引用元:【「二兎を追うと、三兎めが出てくる」ことわざも覆す最強のモテ男・石田純一の恋愛観(新R25)】

石田純一は学生結婚後に米留学!

石田純一さんは大学2年生のときに学生結婚をし、長男・いしだ壱成さんを授かりました。

石田純一 大学時代

石田純一さんはヒゲを生やしていて、今とはイメージが違いますね!

大学の授業を受けているときはヒゲを剃っていたようです。

石田純一 大学時代

家庭を持ったことから会社に就職をする方向で考えていると思いきや、大学3年生にあたる1975年に黒澤明監督の映画『七人の侍』を見て感動し、アメリカに演劇の勉強をしに単身留学してしまうんですよ!

日本でも演劇を勉強することはできるはずですが、ハリウッド映画のような迫力のある作品を手掛けたいと感じたのかもしれません。

結婚して子供が生まれたのにもかかわらず、3年間もアメリカから帰ってこないことから離婚になってしまいました…。

石田純一さんは帰国してから大学を中退し、演劇集団『円』の研究生になります。

なかなか人気が出なかったことで研究所長から「君には俳優は向いていない。」とまで言われたそうですが、石田純一さんは自分の夢を信じてやり続けたことで大ブレイクします。

石田純一さんの才能が花開いた瞬間ですね。

石田純一の出身高校

都立青山高等学校
石田純一さんは1969年4月に都立青山高等学校へ入学し、1972年3月に卒業しています。

学校名都立青山高等学校
学科・コース普通科
偏差値71
入試難度難関
所在地〒150-0001
東京都渋谷区神宮前2丁目1−8
最寄り駅外苑前駅(東京メトロ銀座線)
公式HPhttp://www.aoyama-h.metro.tokyo.jp/site/zen/

石田純一さんが都立青山高等学校出身であることは、『さんま&くりぃむの芸能界(秘)個人情報グランプリ』で同校出身と紹介されていることから間違いありません。

石田純一 卒アル 高校

青山高等学校は都内ではトップ校の次に位置しているほどの進学校ですが、石田純一さんにとっては志望校ではなかったんだそう。

1次募集のときに「滑り止めを受けるのは臆病者」と父親に言われたことで、本命のみの受験に失敗してしまいます。

2次募集で同校に入学することになった石田純一さんは合格するまで居ても立っても居られなかったことでしょう。

石田純一は高校球児だった!

石田純一さんは小学生時代から野球をはじめ、高校時代は野球一色の生活を送っていました。

2015年7月7日発信の『With news』のインタビューによると、先輩からの指導は厳しく、投球練習では100球中で最後の5球を連続でストライクを取らなければならなかったんだそう。

試合前になると100球中最後の10球を連続でストライクだったようで、最後まで集中力を切らさないように練習していました。

石田純一さんは投手で4番のエースでしたが、打撃のほうが得意だったそう。

当時の画像を見ると、説明なしでもモテていたことがわかりますよ。

石田純一 高校時代

野球部なのに丸坊主にしなくても良かったのは、石田純一さんだけの特例だったのかもしれません。

卒アルでさえも宣伝に使えそうなほどのイケメンです。

石田純一 卒アル 中学

石田純一さんの本名が卒アルから『石田太郎』さんということが判明しましたが、日本男子らしい古典的な名前でした。




石田純一の出身中学校

目黒区立第4中学校

石田純一さんは1966年4月に目黒区立第四中学校へ入学し、1969年3月に卒業しています。(※統合され、現在は目黒区大鳥中学校)

学校名目黒区立第四中学校
偏差値
入試難度
所在地〒153-0064
東京都目黒区下目黒6丁目18
最寄り駅学芸大学駅(東急東横線)
公式HPhttp://www.meguro.ed.jp/meguro4j/

石田純一さんが目黒区立第四中学校出身であることは、同校の閉校式にサプライズゲストとして登場したことが同校のホームページに掲載されていることから間違いありません。

目黒第4中学校ホームページ

石田純一の中学時代はツッパリで停学!

2019年12月31日放送の『アナタの最愛の人よみがえらせます』に出演したときのことによると、石田純一さんは中学時代に何度も停学処分を受けていたんですよ。

❝石田は自身の中学時代を振り返り、童顔がコンプレックスでツッパリとなり、悪さばかりして、何度も停学になったと告白。学校の窓を割って「母親が何回も謝りに来た。その姿を見て、申し訳ないと思った」と明かした。❞
引用元:【石田純一、ツッパリで窓ガラスを割り「何度も停学」の中学時代(Smart Flash)】

中学時代からモテていたという情報もあり、童顔でコンプレックスに感じていたとは不思議に感じますね。

中学生は背伸びをしたい時期でもあるので、ちょいワルのカッコいい男の人に憧れていたのかもしれません。

停学処分を受けて内申点にどう影響があったのかが心配ですが、進学校に合格するほどだったことを考えると成績は抜群に良かったのでしょう。

ちなみに、石田純一さんの公式ブログによると中学生までは野球とバスケットボールもしていたようで、文武両道だったんですね。

石田純一の出身小学校

目黒区立不動小学校
石田純一さんは1960年4月に目黒区立不動小学校へ入学し、1966年3月に卒業しています。

学校名目黒区立不動小学校
所在地〒153-0064
東京都目黒区下目黒6丁目11−35
最寄り駅不動前駅(東急目黒線)
公式HPhttp://www.meguro.ed.jp/mehdoueh/

石田純一さんが不動小学校出身であることは、2011年2月12日放送の『さんま&くりぃむの芸能界(秘)個人情報グランプリ』で同校出身と紹介されていることから間違いありません。

石田純一 卒アル 小学校

石田純一の父親と姉もすごい!

石田純一さんの父親は元NHKアナウンサー『石田武』さんです。

石田純一 父親 石田武アナウンサー

1964年の東京オリンピックの解説やケネディ大統領暗殺、アポロ11号月面着陸の報道をした有名なアナウンサーでした。

また、石田純一さんには姉『石田桃子』さんがいますが、ピアニストと歌手で活動しています。

石田純一 石田桃子

石田純一さんの母親が音楽家でピアノを教えていたことから、姉だけでなく石田純一さんも小学生時代はピアノを習っていたんですって!

イケメンでスポーツマンで高学歴で留学しているので英語が話せてピアノも弾けるなんて、神様は二物を与えないはずではなかったはずですよね!

幼少期の画像をみると、生まれながらにして将来有望である可愛さです。

石田純一 幼少期

ちなみに、石田純一さんは目黒区で生まれたあと、石田武さんの仕事の関係でアメリカ・ワシントンD.Cに住んでいたんですよ。

❝石田 純一(いしだ・じゅんいち)本名・石田太郎。1954年1月14日、東京・目黒区生まれ。❞
引用元:【新型コロナ感染の石田純一、ラジオで肉声コメントを発表「気をつけて、一緒に乗り越えられたらなと思います」(スポーツ報知)】

【ワシントンD.C時代】

石田純一 幼少期 アメリカ

石田純一 幼少期

❝3歳の時に父親の仕事の関係で渡米し、6歳まで過ごした。
写真は当時暮していたワシントンDCで家族と。❞
引用元:【人生の失敗・石田純一さん(通販生活)】

となると、ワシントンD.Cの幼稚園に通っていた可能性がありますね。

石田純一の学歴一覧・出身地詳細

石田純一

【調査中】ワシントンD.Cの幼稚園
入園年月
卒園年月
目黒区立不動小学校
入学年月1960年4月
卒業年月1966年3月
目黒区立第四中学校
偏差値入試難度
入学年月1966年4月
卒業年月1969年3月
都立青山高等学校
偏差値71入試難度難関
入学年月1969年4月
卒業年月1972年3月
早稲田大学・商学部
偏差値80入試難度難関
入学年月1972年4月
卒業年月1978年中退

ここまで石田純一さんの学歴について見てきましたが、出身地は目黒区でした。

目黒区は目黒川で有名なので石田純一さんは桜が咲くころ屋台グルメを楽しんでいたのかも?

石田純一さんは中学時代に停学を受けて内申点が懸念されるなかでも進学校の青山高等学校に合格したのは、かなり頭が良かったからですね。

いつも女性が近くにいるのは、石田純一さんの賢さからくる話の面白さに人気があるのでしょう。

いつまでもカッコいい俳優として第一線を走ってくれることを期待します。