錦織圭

幼いころからテニスで頭角を現し、単身アメリカへ留学したことで日本人初の偉業を次々と成し遂げている錦織圭さんですが、どんな学生だったのでしょうか?

そんな彼の出身校や偏差値などの経歴情報と共に、昔の画像や学生時代のエピソードも併せた学歴情報をお届けします!

錦織圭の学歴・経歴一覧

まずは錦織圭さんの学歴と主な経歴を年表形式で紹介します!

ふりがなにしこりけい錦織圭
氏名

本名
錦織圭/※本名同じ
生年月日19891229日生 32
出身島根県松江市
身長178cm  血液型 A
最終学歴高卒 青森山田高等学校・通信制課程・東京校
年齢学歴・経歴
1989島根県松江市生まれ
父親は森林土木の技術者&母親はピアノ講師
1994初めてラケットを持つ
1996松江市立乃木小学校入学
『グリーンテニススクール』に入会
サッカーも本格的にしていた
200111全国選抜ジュニアテニス選手権大会12歳以下の部優勝
200212松江市立乃木小学校卒業
開星中学校入学
IMGアカデミー短期留学
200515開星中学校卒業
青森山田高等学校・通信制課程・東京校入学
200717プロに転向
200818青森山田高等学校・通信制課程・東京校卒業
  ツアー初優勝
ATP年間最優秀新人賞
201122世界ランキングで30位&日本人男子選手最高更新
201425日本プロスポーツ大賞
201627全米オープン・スポーツマンシップ賞
202031観月あこと結婚
202132東京オリンピックベスト8

(※緑文字:学歴 赤文字:印象的な事柄

島根県松江市出身の錦織圭さん。父親の錦織清志さんの職業は森林土木の技術者で、地元のテニスサークルで母親と知り合って結婚しました。テニスが縁とはロマンチックですね。

錦織圭 父親 錦織清志

母親の錦織恵理さんはピアノ講師をしていて、家族でテニスの試合をしていたときは点数係をしていたんだそう。

錦織圭 母親 錦織恵理

ちなみに、錦織恵理さんの祖父と渡哲也さん、渡瀬恒彦さんの祖母が兄弟(どちらが兄か姉かは不明)にあたります。

渡哲也 渡瀬恒彦

錦織圭さんと親戚関係だったということを渡哲也さんも渡瀬恒彦さんも2008年北京オリンピックまで知らなかったんですって。きっと驚かれたことでしょう。

錦織圭さんには姉の錦織玲奈さんがいますが、神戸のNPO法人『TASU-CLUB』でテニスコーチをしているんですよ。

錦織圭 姉 錦織玲奈コーチ

錦織玲奈さんは高校時代インターハイに出場経験があり、錦織圭さんが小学校6年生まで錦織玲奈さんには勝てなかったというので、なかなかの腕前ですね。

錦織圭 錦織玲奈

普通な家庭に生まれ、4人家族として育った錦織圭さん。

そんな錦織圭さんはどんな学生生活を送っていたのでしょうか?当時のエピソードや画像などを現在からさかのぼりながら見ていきましょう!

錦織圭の出身大学

錦織圭さんは大学に進学していません。

錦織圭さんが大学に進学する年齢の2008年はデルレイビーチ国際テニス選手権優勝、北京オリンピック出場しているので、大学進学はしませんでした。

錦織圭の出身高校

錦織圭さんは青森山田高等学校・通信制課程東京校(偏差値:─ 難易度:─)に2005年4月に入学し、2008年3月に卒業しています。

学校名青森山田高等学校
学部・学科通信制課程東京校
偏差値/難度-/-
所在地〒150-0002
東京都渋谷区渋谷2-10-6
最寄駅渋谷駅(JR山手線)
学費初年度:25万円(目安)

錦織圭さんは島根県の出身なのに青森?と不思議に思われたかも知れませんが、サッカー、卓球、硬式野球部、バドミントン、競輪、競艇など数多くのスポーツ選手が巣立っているんですよ。

通信制課程では分校が下記の7ヶ所あります。

  • 通信制青森校
  • 通信制札幌校
  • 通信制東京校
  • 通信制千葉校
  • 通信制静岡校
  • 通信制大分校
  • 通信制山梨校

錦織圭さんは、東京校に通学していました。

当時アメリカに留学していたので、帰国すれば東京に行く機会も多いことを考え、東京にある通信制高校でかつスポーツが有名な学校を選んだのでしょう。

錦織圭 18歳

通信制は年間20日程度のスクーリングでOKなので、生徒の中には10代から50代までの社会人もいるんですよ。

錦織圭さんにとっても単位の取りやすいシステムだったのですね。

錦織圭の出身中学校

錦織圭さんは2002年4月に開星中学校へ入学し、2005年3月に卒業しています。

学校名開星中学校
偏差値/難度48/高
所在地〒690-0017
島根県松江市西津田9-11-1
最寄駅松江駅(山陰本線)
学費初年度:60万円

開星中学は私立の学校ですが、学費が一部免除になる『スポーツ特待制度』があります。錦織圭さんなら無条件でこの特待制度があるので、錦織圭さんはこの制度を使ったのでしょう。

中学2年生にあたる2003年8月末に単身アメリカ・フロリダ州にある『IMGニック・ボロテリー・テニス・アカデミー』へ留学します。

ホームシックになっても甘えた気持ちにならないよう、両親は携帯電話を持たさずに送り出しました。

わずか13歳で親元から離れていくのは、テニスのためとは言えども親子ともに辛かったでしょうね。

留学となると学費と渡航費とその他かなりの金額が必要となりますが、日本テニス協会の名誉会長の盛田正明さんが私財を投じて設立したファンドで可能となりました。

盛田正明

盛田正明さんは実業家で元ソニー生命保険の社長兼会長もしていたので、私設ファンドを作れるのですね。

錦織圭さんは2003年9月にテキサス州のジュニア大会ベスト8、ダブルスは準優勝し、同年12月オレンジボウル選手権14歳以下の部で準優勝。

2004年6月はモロッコのG3ジュニア大会決勝で優勝するなど次々と好成績を残しました。

渡米して翌月から結果を出せるとは凄すぎますよね。

錦織圭の出身小学校

錦織圭さんは1996年4月に松江市立乃木小学校へ入学し、2002年3月に卒業しています。

学校名松江市立乃木小学校
所在地〒690-0044
島根県松江市浜乃木5-1-10
最寄駅乃木駅(山陰本線)

錦織圭さんの家族は雲南市加茂町中央公園のテニスコートに通っていましたが、1年ほどして松江市内のグリーンテニススクールに入学します。

錦織圭 錦織玲奈

錦織圭さんがテニスをはじめた頃の画像で左が錦織圭さん、右が姉ですが、子供用のラケットでも大きいくらいに背が小さかったんですね。

錦織清志さんは子供が好きならば何でもやらせるのが教育方針で、錦織圭さんにテニス以外にも2歳で水泳、3歳でピアノ、5歳で少年サッカーを始め、小1から野球もさせていたんです。

中でもサッカーはかなりの実力で、テニス選手にならなかったらサッカー選手になっていたのではないかと言うほど。小学5年生まで続けていました。

錦織清志さんは錦織圭さんをトップクラスのテニスプレーヤーにするため一生懸命で、テニス専門誌などでいろいろ情報を集め、有名コーチが開くキャンプに連れて行ったり、毎週末遠征試合に車で送り迎えをしたりしていたんですよ。

とても真剣な顔をしていますが、それもそのはず、左側に写っている手は松岡修造さんの手なんですよ。

錦織圭 小学校6年生

11歳の小学6年生のときに小・中学生を中心に世界で通用する選手の育成を目指したプロジェクト『修造チャレンジ』に参加した錦織圭さん。

松岡修造さんと錦織圭さんが練習試合をしたとき、当然のことながら錦織圭さんが負けるのですが、錦織圭さんは泣きながら「もう一度試合してください!」と懇願してきたエピソードを熱く松岡修造さんが語っていました。

松岡修造

また、松岡修造さんは錦織圭さんの足の速さに着目していました。

タイムが速い足の速さではなく、テニスコートのなかでボールが次にどこに来るか予測し、すばやく反応し、正確に到着する速さです。

錦織圭さんは小学生にして飛び抜けて速く動けたんですね。

錦織圭さんは中学2年生で単身アメリカにテニス留学しましたが、言葉も通じない上に文化も異なり、とても心細かったことでしょう。

それを乗り越えたからこそ、日本人男子歴代最高ランクにまで上り詰めることができました。

まだまだこれから伝説を作ってくれることを心から期待します。