錦織圭

幼いころからテニスで頭角を現し、単身アメリカへ留学したことで日本人初の偉業を次々と成し遂げている錦織圭さんですが、どんな学生だったのでしょうか?

そんな彼の出身校や偏差値などの経歴情報と共に、卒アル画像やテニスを始めたキッカケをご紹介します!

1男1女の長男として育った錦織圭さんはどこの学校を卒業したのでしょうか?家族構成などのプライベートな情報とともに見てきましょう!

錦織圭のプロフィール

錦織圭

本名:錦織圭(にしこりけい)
愛称:ケイ・ニッコ

生年月日(星座):1989年12月29日(やぎ座)
血液型:A型
出身地:島根県松江市

所属:日清食品株式会社
職業・ジャンル:プロテニス選手
活動期間:2007年~

趣味・特技:テレビゲーム・ゴルフ
SNS:ツイッターフェイスブックインスタグラム公式ブログ公式サイト
家族:姉・未婚

<主な活動・実績>

  • 2014年『日本プロスポーツ大賞』受賞
  • 2016年8月15日『リオデジャネイロオリンピック』銅メダル
  • 2018年4月『モンテカルロ・マスターズ』準優勝
    ほか

錦織圭の経歴~テニスを始めたキッカケ~

錦織圭さんがテニスを始めたキッカケは父親が社員旅行で行ったハワイで子供用のラケットを買ってきたことから。『グリーンテニススクール』へ入り1995年から本格的に活動を開始しています。

両親ともにテニスが趣味だったので、父親は家族でテニスができるように子供たちのラケットを買ってきました。

はじめは家族で雲南市加茂町中央公園のテニスコートに通っていましたが、1年ほどして松江市内のグリーンテニススクールに入学します。

錦織圭 錦織玲奈

錦織圭さんがテニスをはじめた頃の画像で左が錦織圭さん、右が姉ですが、子供用のラケットでも大きいくらいに背が小さかったんですね。

グリーンテニススクールの柏井正樹コーチは錦織圭さんが逸材であると見抜き、通常のレッスン以外にも無償でレッスンを追加してくれるほどの惚れ込みようだったんです。

柏井正樹コーチ

当時の錦織圭さんのことを「ボールコントロールは100人に1人でゲームセンスも100人に1人。2つ合わせて1万人に1人の天才だった。」と言っています。

錦織圭の家族構成

錦織圭さんには姉がいますが、どんな人なのでしょうか?両親の情報とともに見ていきましょう!

錦織圭の父親

錦織圭 父親 錦織清志

名前:錦織清志(にしこりきよし)
生年月日:不明

個性派俳優のような印象的な目をしている方ですね。

森林土木の技術者だった錦織清志さんは、地元のテニスサークルで母親と知り合って結婚しました。

テニスが縁とはロマンチックですね。

錦織清志さんは子供が好きならば何でもやらせるのが教育方針で、錦織圭さんにテニス以外にも2歳で水泳、3歳でピアノ、5歳で少年サッカーを始め、小1から野球もさせていたんです。

中でもサッカーはかなりの実力で、テニス選手にならなかったらサッカー選手になっていたのではないかと言うほど。小学5年生まで続けていました。

錦織清志さんは錦織圭さんをトップクラスのテニスプレーヤーにするため一生懸命で、テニス専門誌などでいろいろ情報を集め、有名コーチが開くキャンプに連れて行ったり、毎週末遠征試合に車で送り迎えをしたりしていたんですよ。

錦織圭の母親

錦織圭 母親 錦織恵理

名前:錦織恵理(にしこりえり)
生年月日:不明

メガネの似合う上品な方ですね。

ピアノ講師をしている錦織恵理さんは控えめな方で、錦織圭さんがテニスをはじめて家族で試合をしていた時にも自分は参加せずに点数係をしていたくらいです。

2008年に『デルレイビーチ国際テニス選手権』で優勝したときは、「(息子は)唐揚げが好きなので、唐揚げを山盛り食べさせてあげたい」と語っていました。

子を思う母心にウルっと来てしまいますね。

ちなみに、錦織恵理さんの祖父と渡哲也さん、渡瀬恒彦さんの祖母がきょうだい(どちらが兄か姉かは不明)にあたります。

渡哲也 渡瀬恒彦

錦織圭さんと親戚関係だったということを渡哲也さんも渡瀬恒彦さんも2008年北京オリンピックまで知らなかったんですって。

錦織圭の姉

錦織圭 姉 錦織玲奈

名前:錦織玲奈(にしこりれいな)
生年月日:1985年(月日不明)

錦織圭さんとよく似ていますが、試合中の画像なので不安そうな顔をしていますね。

錦織玲奈さんもテニスの仕事をしていますが、地元の島根県ではなく神戸のNPO法人『TASU-CLUB』でテニスコーチをしているんですよ。

錦織圭 姉 錦織玲奈コーチ

『錦織』の名前と錦織圭さんとよく似ていることで、すぐにバレそう。

錦織玲奈さんは高校時代インターハイに出場経験があり、錦織圭さんが小学校6年生まで錦織玲奈さんには勝てなかったというので、なかなかの腕前ですね。

錦織圭の出身校と偏差値

錦織圭さんはどんな学生だったのでしょうか?通っていた小学校や中学校、高校や大学はどこなのか、偏差値の情報もあわせてご紹介します!

錦織圭の大学と偏差値

錦織圭さんは大学に進学していません。

錦織圭さんが大学に進学する年齢の2008年はデルレイビーチ国際テニス選手権優勝、北京オリンピック出場しているので、大学進学はしませんでした。

錦織圭の高校と偏差値

錦織圭 18歳

錦織圭さんは青森山田高等学校・通信制課程東京校(偏差値:─ 難易度:─)2005年4月に入学し、2008年3月に卒業しています。

【高校の住所】
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷2丁目10-6

しっかりした青年に成長しましたね。

錦織圭さんは島根県の出身なのに青森?と不思議に思われたかも知れませんが、サッカー、卓球、硬式野球部、バドミントン、競輪、競艇など数多くのスポーツ選手が巣立っているんですよ。

通信制課程では分校が下記の7ヶ所あります。

  • 通信制青森校
  • 通信制札幌校
  • 通信制東京校
  • 通信制千葉校
  • 通信制静岡校
  • 通信制大分校
  • 通信制山梨校

錦織圭さんは、東京校に通学していました。

当時アメリカに留学していたので、帰国すれば東京に行く機会も多いことを考え、東京にある通信制高校でかつスポーツが有名な学校を選んだのでしょう。

通信制は年間20日程度のスクーリングでOKなので、生徒の中には10代から50代までの社会人もいるんですよ。

錦織圭さんにとっても単位の取りやすいシステムだったのですね。

錦織圭の中学校と偏差値

錦織圭 開星中学校

錦織圭さんは開星中学校(偏差値:48.0 難易度:低)2002年4月に入学し、2005年3月に卒業しています。

【中学校の住所】
〒690-0017
島根県松江市西津田9-11-1

開星中学は私立の学校ですが、学費が一部免除になる『スポーツ特待制度』があります。錦織圭さんなら無条件でこの特待制度があるので、錦織圭さんはこの制度を使ったのでしょう。

中学2年生にあたる2003年8月末に単身アメリカ・フロリダ州にある『IMGニック・ボロテリー・テニス・アカデミー』へ留学します。

ホームシックになっても甘えた気持ちにならないよう、両親は携帯電話を持たさずに送り出しました。

わずか13歳で親元から離れていくのは、テニスのためとは言えども親子ともに辛かったでしょうね。

留学となると学費と渡航費とその他かなりの金額が必要となりますが、日本テニス協会の名誉会長の盛田正明さんが私財を投じて設立したファンドで可能となりました。

盛田正明

盛田正明さんは実業家で元ソニー生命保険の社長兼会長もしていたので、私設ファンドを作れるのですね。

錦織圭さんは2003年9月にテキサス州のジュニア大会ベスト8、ダブルスは準優勝し、同年12月オレンジボウル選手権14歳以下の部で準優勝。

2004年6月はモロッコのG3ジュニア大会決勝で優勝するなど次々と好成績を残しました。

渡米して翌月から結果を出せるとは凄すぎますよね。

錦織圭の小学校

錦織圭 小学校6年生

錦織圭さんは松江市立乃木小学校1996年4月に入学し、2002年3月に卒業しています。

【小学校の住所】
〒690-0044
島根県松江市浜乃木5丁目1-10

とても真剣な顔をしていますが、それもそのはず、左側に写っている手は松岡修造さんの手なんですよ。

11歳の小学6年生のときに小・中学生を中心に世界で通用する選手の育成を目指したプロジェクト『修造チャレンジ』に参加した錦織圭さん。

松岡修造さんと錦織圭さんが練習試合をしたとき、当然のことながら錦織圭さんが負けるのですが、錦織圭さんは泣きながら「もう一度試合してください!」と懇願してきたエピソードを熱く松岡修造さんが語っていました。

松岡修造

また、松岡修造さんは錦織圭さんの足の速さに着目していました。

タイムが速い足の速さではなく、テニスコートのなかでボールが次にどこに来るか予測し、すばやく反応し、正確に到着する速さです。

錦織圭さんは小学生にして飛び抜けて速く動けたんですね

錦織圭さんは中学2年生で単身アメリカにテニス留学しましたが、言葉も通じない上に文化も異なり、とても心細かったと思います。

それを乗り越えたからこそ、日本人男子歴代最高ランクにまで上り詰めることができました。

まだまだこれから伝説を作ってくれることを心から期待します。