大谷翔平

『投打二刀流』で日本中を沸かせ、米国では『日本のベーブ・ルース』と例えられるほどの高評価を受けている大谷翔平さんですが、どんな学生だったのでしょうか?

そんな彼の出身校や偏差値などの経歴情報と共に、卒アル画像や野球を始めたキッカケをご紹介します!

2男1女の次男として育った大谷翔平さんはどこの学校を卒業したのでしょうか?家族構成などのプライベートな情報とともに見てきましょう!

大谷翔平のプロフィール

大谷翔平

本名:大谷翔平(おおおたにしょうへい)
愛称:ショウイー

生年月日(星座):1994年7月5日(かに座)
血液型:B型
出身地:岩手県奥州市

所属:ロサンゼルスエンゼルス・ホリプロ
職業・ジャンル:野球選手
活動期間:2013年3月29日(プロ入り)~

趣味・特技:DVD鑑賞・スイーツを食べること
SNS:公式サイト(日本ハム)
家族:兄・姉・未婚

<主な活動・実績>

  • 2016年『最優秀選手』
  • 2016年『日本プロスポーツ大賞』
  • 2018年4月2日~4月8日『週間MVP』(英語版)
    ほか

大谷翔平の経歴~野球を始めたキッカケ~

大谷翔平さんが野球を始めたキッカケは小学2年生の時、友だちから誘われたことから。『水沢リトルリーグ』へ入り2003年から本格的に活動を開始しています。

野球をはじめるキッカケについて大谷翔平さん本人が語っていました。

”野球を始めたのは小学2年生の時、友だちから誘われたのがきっかけでした。父親も兄も野球をしていたので、キャッチボールはしていましたが、実際に練習に参加したらとても面白くて。両親に「リトルリーグに入りたい!」とお願いしました。”
引用元:【子どもの頃に描いたイメージが現在のスタイルに繋がっている(子ども応援便り)】

父親も兄も野球選手ですが後ほどご紹介するとして、友達から誘われるまで大谷翔平さんは野球をしていなかったとは意外ですね。

プロ野球を意識しだしたのは、リトルリーグで野球を始めてすぐだったんだとか。

大谷翔平 8歳 小学生

大谷翔平さんが野球をはじめた頃の画像ですが、すでにサマになっていますね。

投手や遊撃手(ショート)、外野手とポジションにこだわることなく色んなところを守っていたんですよ。

高校時代は後にお伝えするとして、高校卒業後の2013年に日本ハムファイターズに入団しますが、最初は日本のプロ野球界には入るつもりがなかったんですよ。

メジャーリーグで活躍することが夢だったので、ドラフト会議で日本ハムファイターズが交渉権を獲得したときも大谷翔平さんは会うことさえもしなかったんですよね。

大谷翔平 日本ハムファイターズ

しかし、プロ野球を経験してからメジャーリーグと契約したほうが活躍する確率が高いことと、投打二刀流の育成プランの説明を受けて大谷翔平さんは合意します。

この場合は、日本ハムファイターズの勝利というわけですね。

そして、2017年12月8日に念願のメジャーリーグ『ロサンゼルス・エンゼルス』と契約しました。

大谷翔平 ロサンゼルス・エンゼルス

小学生からの思いがかなったんだろうと思うと、感動しますね!

大谷翔平の家族構成

大谷翔平さんには兄姉がいますが、それぞれどんな人なのでしょうか?両親の情報とともに見ていきましょう!

大谷翔平の父親

大谷翔平 父親 大谷徹

名前:大谷徹(おおたにとおる)
生年月日:1962年(月日不明)

大谷徹さんは岩手県立黒沢尻工業高校(偏差値:43.0 難易度:低)から野球をはじめ、三菱重工業株式会社横浜製作所で社会人野球をしていました。

その後ケガをしたこともあって野球選手を辞めて地元の岩手県に戻り、金ヶ崎シニアの監督をはじめます。

大谷翔平 父親 金ヶ崎シニア

熱血指導をしてくれる心温かい監督のイメージがありますね。

人気監督だったと想像しますが、2017年2月、大谷翔平さんがメジャーリーグ・ロサンゼルスエンゼルスと契約したあと退職しました。

大谷翔平さんに同行するためと見られていますが、親が一緒にいてくれると安心しますよね。

大谷翔平の母親

大谷翔平 母親 大谷加代子

名前:大谷加代子(おおたにかよこ)
生年月日:1964年(月日不明)

大谷翔平さんは母親似ということが分かりますね。

大谷加代子さんは高校時代にバドミントン選手で全国高等学校総合体育大会や国民体育大会に出場経験ありという情報があがってきています。

大谷加代子さんが高校卒業後に三菱重工業株式会社横浜製作所に就職しているので、きっと二人はそこで出会ったのでしょう!

結婚して大谷徹さんとともに岩手県に引っ越してきて、仕事は飲食店でパートをしていたという情報があり、息子2人が遠征費などがかさむ野球を続けるために陰で支えていたんですね。

ちなみに、大谷翔平さんは父親が32歳、母親が30歳の時の子供でした。

大谷翔平の兄

大谷翔平 兄 大谷龍太

名前:大谷龍太(おおたにりゅうた)
生年月日:1988年3月20日

大谷翔平さんと間違えそうなくらいに似ています。

大谷龍太さんは岩手県立前沢高等学校(偏差値:40.0 難易度:低)を2006年に卒業後、水沢駒形野球倶楽部に2010年まで在籍し、プロ野球独立リーグ(セ・リーグやパ・リーグ以外のプロ野球リーグ)である高知ファイティングドッグスに2012年まで所属していました。

2012年からはトヨタ自動車東日本でコーチ兼任選手をしています。

大谷翔平 兄 大谷龍太

コーチ兼選手はなかなか難しそうですが、人に教えることが上手なのでしょうね。

大谷龍太さんのトヨタ自動車東日本での活躍ぶりです。

大谷龍太さんは1番バッターで、花形ですね。

大谷翔平の姉

大谷翔平 姉 大谷結香

名前:大谷結香(おおたにゆか)
生年月日:1993年(月日不明)

色が白くて上品な姉で、大谷翔平さんに似ていますね。

高校時代はバレーボールをしていて、医療系短大に進学・卒業して看護士になったと言う情報があります。

家族で医療に詳しい人がいると、スポーツをしていてもこころ強いです。

それにしても、大谷翔平さんの家族は全員がスポーツするという運動一家なのですね。

大谷翔平の出身校と偏差値

大谷翔平さんはどんな学生だったのでしょうか?通っていた小学校や中学校、高校や大学はどこなのか、偏差値の情報もあわせてご紹介します!

大谷翔平の大学と偏差値

大谷翔平さんは大学に進学していません。

高校卒業後に北海道日本ハムファイターズに入団しているので、大学は進学しませんでした。

大谷翔平の高校と偏差値

大谷翔平 高校

大谷翔平さんは花巻東高等学校(偏差値:41.0~44.0 難易度:低)2010年4月に入学し、2013年3月に卒業しています。

【高校の住所】
〒025-0066
岩手県花巻市松園町55-1

野球のユニフォームには坊主頭が似合いますね。

大谷翔平さんは、岩手県盛岡市出身で埼玉西武ライオンズ所属の菊池雄星さんに憧れて彼の出身校の花巻東高等学校へ進学を決めました。

菊池雄星

高校時代に作っていた目標ノートには『170㎞/h出す』と書いていたのですが、そのためには1日にどれほど速くならなければならないのかを計算していたんだとか。

あの速球にはチミツな計算によってなされていたんですね。

高校2年生の夏、高校2年生最速タイ記録(150km/h)を残しましたが、左足股関節を故障して約半年間投球練習ができませんでした。

怪我をする前はガリガリの体だったという大谷翔平さんは、太れないほどたくさんの練習をしていたんだとか。

治療の間によく食べてよく寝て体重を約20㎏増やしたんです。

半年で20kg増とはかなりの勢いで増えていますよね。

ケガは望んだことではなかったのですが、結果良かったのではないかと花巻東高等学校の佐々木洋先生は語っていました。

大谷翔平 花巻東高等学校 佐々木洋監督

”「あの怪我が彼の身体が飛躍するキッカケにもなった。あの時期がなければ、160キロも、56本塁打もなかったと思っています」
引用元:【大谷の高校生活を一変させた左足の故障。(NUMBER WEB)】

怪我が飛躍するキッカケとはプラス思考ですよね。

本当にその甲斐あって、高校3年生夏岩手大会の準決勝でアマチュア野球史上初となる最速160km/hをマークします。

高校野球初ではなく、アマチュア野球史上初という点が凄いですよね。

大谷翔平の中学校

大谷翔平 卒アル 中学生

大谷翔平さんは奥州市立水沢南中学校2007年4月に入学し、2010年3月に卒業しています。

【中学校の住所】
〒023-0841
岩手県奥州市水沢真城字大檀39-1

ユニフォームを着ていなくても、野球少年って分かりますね。

大谷翔平さんの中学時代のレジェンドがあるんですよ。

  • 中学1年生のころライト側の場外(川が流れている)ホームランを連発し、監督に「(球がなくなるので)引っ張るな!」と言われたので、次のボールをレフト側で場外ホームランにした
  • 同じく中学1年生のとき、バッティング練習でピッチャーが怪我をする可能性があると「ピッチャーライナーは絶対打つな」と言われた

まるでドラマを地で行くようなエピソードですが、難なくそれをこなすのですから大谷翔平さんがいかに凄いかということですよね。

中学2年生から中学3年生まで『一関シニア』に所属していましたが、車で一時間ほど離れていたんですよ。往復2時間を通い続けるのは子も親も大変だったと思います。

大谷翔平の小学校

大谷翔平 卒アル 小学校

大谷翔平さんは奥州市立姉体小学校2001年4月に入学し、2007年3月に卒業しています。

【小学校の住所】
〒023-0831
岩手県奥州市水沢姉体町京原70

子供らしい可愛い笑顔で、生き生きとしていますね。

小学校2年生から5年生まで水泳をしていましたが、賞状を手にしています。

大谷翔平 11歳 小学生

どこの大会か判明していませんが、3年間しか水泳をしていなかったことを考えると早い成長ですよね。

また、小2から中1まで硬式野球チーム『水沢リトル』に所属していましたが、すでに岩手県のリトルチームで誰も打てない球を投げていたんですよ。

大谷翔平 小学生 水沢リトルリーグ

学校の成績はとても良かったようで、文武両道だったことが伺えます。

きっとモテていたのではないでしょうか。

大谷翔平の幼稚園

大谷翔平 卒アル 幼稚園

大谷翔平さんは常盤幼稚園2007年3月に卒業しています。

【幼稚園の住所】
〒023-0828
岩手県奥州市水沢東大通り3丁目5-31

ちょっとはにかんだような表情が幼稚園生らしいですね。

運動会らしき画像で父親と一緒に写っているのもあるんですよ。

大谷翔平 幼稚園

なにかに緊張しているのか硬い表情の大谷翔平さんですね。父親も「大丈夫だよ」と囁いているように見えます。

この頃、母の影響でバドミントンの才能もかなりあったと言われています。一見関係ないようなバドミントンと野球ですが、羽根を打つタイミングがボールを売ったり取ったりするタイミングとリンクするところがあるんだとか。

どんな種類のスポーツであっても、それぞれリンクしているのかもしれませんね。

大谷翔平さんの幼稚園より幼い頃、公園で遊んでいるときの画像があります。

大谷翔平 幼稚園

半開きの口が幼い子供らしくてめちゃくちゃカワイイですよね!

更に小さいときの画像があるんですよ。

大谷翔平 1歳

1歳のときの画像ですが、天使みたいですよね!

また更に今度は赤ちゃんのときの画像もありました。

大谷翔平 赤ちゃん

まだ寝返りを打てない頃だと予想するので、生後2ヶ月から5ヶ月くらいでしょうか。

見つめている先に何が見えているのか知りたいですね。

大谷翔平さんが高校時代の恩師から送られた言葉で、今も大事にしているという言葉に『先入観は可能を不可能にする』があります。

できないと思った瞬間にできる方法を探さなくなるんだとか。その言葉を大事にしているからこそ、『投打二刀流』や『高校生で160㎞/h』を実現できたんですね。

これからメジャーリーグでレジェンドを作ってくれることを楽しみししています。