ムロツヨシ

ムロツヨシさんの出身大学や高校などの学歴と本当の出身地を徹底解説!大学中退の過去や幼少期の画像を含め、学生時代に迫ります!

生い立ちが壮絶すぎることや連続してミスター鶴見高だったことなど、他では知れない情報満載でお伝えしています。

ムロツヨシの出身大学

東京理科大学

ムロツヨシさんは1995年4月に東京理科大学・理学部第一部・数学科へ入学し、3週間後に中退しています。

学校名 東京理科大学
学部・学科 理学部第一部・数学科
偏差値 70〜72
入試難度
所在地 〒162-8601
東京都新宿区神楽坂1丁目3
最寄り駅 飯田橋駅(JR総武線)
公式HP https://www.tus.ac.jp/

ムロツヨシさんが東京理科大学出身ということは、浪人して入学したことを転職情報サイト『マイナビ転職』のインタビューで本人が語っていることから間違いありません。

❝浪人して東京理科大の数学科へ入学してすぐ、「学びたいことがあってこの学科に来た」と語る同級生たちに出会った。❞
引用元:【Hero’s File vol.132 俳優 ムロツヨシ きれいな野心は人に響く(マイナビ転職)】

同校と立教大学にも受かっていたんですよ。

❝立教と理科大に受かって最終的に理科大を選びました。理科大って専門的でカッコイイじゃないですか。❞
引用元:【先輩・喜劇役者ムロツヨシさん(鶴陵87号)】

わずか3週間で中退したことも出身高校の広報誌『鶴陵』に掲載されています。

❝「やりたいことが見つからず、一浪して入った東京理科大を3週間で中退」という経験をお持ちのムロツヨシさん。❞
引用元:【先輩・喜劇役者ムロツヨシさん(鶴陵87号)】

浪人の間にどれほど成績をあげられるのかを目標に勉強していたムロツヨシさんは、入学して夢を語る同級生を見て自分の考えが浅はかだったことに後悔し、周囲が羨ましく思えたんだそう。

時を同じくしてムロ家の経済状態が傾きだして自立しなければいけないと感じていたんだとか。

自分の夢は何だろうと探しはじめたところ、好きだった深津絵里さんが出演する舞台『陽だまりの樹』を見に行ったところ段田安則さんの演技を見て衝撃を受けたんですって!

「俺はこれがしたいんだ!」と泣いて反対する祖母を振り切って大学を中退したものの、現実は甘くなかったんです…。

ムロツヨシは中退して暗黒時代へ

舞台を見た次の日には大学に行くのを辞めたムロツヨシさん。

❝翌日からはもう、大学へ行くのをやめてオーディションを受け始めました」だが書類審査すら通らない。役者の養成所にも通ったがチャンスにはつながらず、それでもムロさんは、アルバイトをしながら小さな劇団の舞台に出るという生活をひたすら続けた。❞
引用元:【Hero’s File vol.132 俳優 ムロツヨシ きれいな野心は人に響く(マイナビ転職)】

浪人までしてせっかく入った大学にも関わらず、やりたいことを見つけたらすぐに行動に移して中退してしまうとは、とってもまっすぐで情熱的な方なのですね。

ムロツヨシ 大学時代

意気揚々と大学を辞めたときの地元の反応は「すごいね!ツヨシならできるよ!」と言うのもでしたが、3年目にもなると「すぐには無理だよね!」と変化し、5年目になると「かわいそう」と影で言われるようになってしまったんだとか…。

横浜市中央卸売市場でマグロを運ぶアルバイトやジョイナスのメガネ屋の仕事を一生懸命したことで正社員にならないかと誘われたのですが役者の夢は捨てられなかったそうで、芸能界はムロツヨシさんの天職なのでしょう。

ちなみに大学を辞めたことに後悔はないそうですが、悩んでいる高校生や大学生には「絶対に大学に行きなさい」と言っているそうで、矛盾を笑わせてくれるところがムロツヨシさんらしいですね。

【ムロツヨシの東京理科大学時代の同級生】

  • 真鍋 大度(株式会社Rhizomatiks取締役/メディアアーティスト)

ムロツヨシの出身高校

神奈川県立鶴見高等学校

ムロツヨシさんは1991年4月に神奈川県立鶴見高等学校・普通科へ入学し、1994年3月に卒業しています。

学校名 神奈川県立鶴見高等学校
偏差値 58
入試難度
所在地 〒230-0012
神奈川県横浜市鶴見区下末吉6丁目2−1
最寄り駅 鶴見駅(京浜東北線)
公式HP https://tsurumi-h.pen-kanagawa.ed.jp/

ムロツヨシさんが神奈川県立鶴見高等学校出身ということは、2015年8月18日発信のWebメディア『はまれぽ.com』のインタビューで本人が語っていることから間違いありません。

❝部活はハンドボール部でしたけど、僕が通っていた県立鶴見高校は強豪校ではなかったので、ハンドボールもやりつつ友達とサッカーばっかりやっていましたね。❞
引用元:【横浜が生んだ喜劇俳優ムロツヨシさんを徹底解剖!(はまれぽ.com)】

3年生でハンドボール部を引退してからはサッカーに明け暮れていたムロツヨシさん。

卒業式が終わったあとも(芝浦工業大学を落ちて浪人が決まっていたので)予備校に行かなければならないのにもかかわらず学校に来て友達と毎日サッカーをしていたんですよ!

ムロツヨシさんの家がたまり場になって17、8人集まったことも珍しくなかったんだそう。

❝生まれ変わっても鶴見高校に通いたい❞というほど高校生活は楽しかったようです。

さらには偉業も成し遂げていました。

ムロツヨシは『ミスター鶴見』連覇

ムロツヨシさんは、高校時代『ミスター鶴見』に選ばれる程かっこよかったと、友人がインタビューで語っています。

❝ツヨシは高校生になったくらいからまわりに「かっこいい」って言われるようになって、高2と高3のときは「ミスター鶴見」に選ばれていました。通学途中で声をかけらたりして。❞
引用元:【横浜が生んだ喜劇俳優ムロツヨシさんを徹底解剖!(はまれぽ.com)】

ムロツヨシさんと言えばコメディタッチの演技のイメージが強く、イケメン俳優というイメージはあまりありませんでしたが、よく見たら調った顔をされているのでミスターコンテストで2連覇も納得です。

本人は❞お調子者だったから選ばれた❞と語っていますが、当時から光るオーラがあったのでしょう。

ムロツヨシ 卒アル 高校

❝同級生票は全く無かった❞とミスター鶴見実行委員会から言われたそうで、近づきすぎるとイメケンがかき消されてしまう❝黙っていればかっこいい人❞だったんですね。

ちなみに、学校の成績は入学時の偏差値が55ほどありながらも、部活とサッカーで卒業時には40まで下がっていたんだとか…。

数学は得意だったのですが、古典は全く太刀打ちできなかったそう。

しかし、河合塾の横浜校に通学すると偏差値は60まであがり、私立理系コース模範生としてパンフレットに掲載されたそうで、まさにやればできる見本のような人ですね。




ムロツヨシの出身中学校

横浜市立六角橋中学校

ムロツヨシさんは、1988年4月に横浜市立六角橋中学校へ入学し、1991年3月に卒業しています。

学校名 横浜市立六角橋中学校
偏差値
入試難度
所在地 〒221-0802
神奈川県横浜市神奈川区六角橋5丁目33−1
最寄り駅 片倉町駅(横浜市営地下鉄ブルーライン)
公式HP https://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/jhs/rokkakubashi/

ムロツヨシさんが、横浜市立六角橋中学校出身であることは、出身高校の広報誌『鶴陵87号』のインタビューで本人が語っていることから間違いありません。

❝六角橋中学を卒業して、港北、東、翠嵐へ行った奴とも交流があったんですけど、県鶴が一番自由で成績が下がると言われてました。❞
引用元:【先輩・喜劇役者ムロツヨシさん(鶴陵87号)】

ムロツヨシは学年一のマドンナを落とした!

ムロツヨシさんは中学時代、ヤンキーの挑発に乗って学年一のマドンナに告白し交際したことがあると2018年6月2日放送のバラエティ『嵐にしやがれ』で語っています。

❝うちのクラスの一番強いのが、セミ短を着た人がいるんですけど、「ツヨシ、あの子のことが好きだろ。告白しろよ」みたいな。
その時は電話なんですよ、家電。で、告白したんですよ。したら「はい」って、付き合ったんですよ。周りもビックリして、セミ短もびっくりしてました。❞
引用元:【ムロツヨシの高校時代の『あだ名』に「笑い過ぎて涙」「つけ方が秀逸」(めるもby GMO)】

ところが、わずか1週間後の文化祭でマドンナに向けてBOØWYの『BEAT SWEET』を熱唱したところ、❝マイクスタンドの扱い方が気持ち悪い❞とフラレてしまったんです…。

たとえ1週間であっても学年一のマドンナを彼女にできるなんてすごいです。

ちなみに、マドンナはムロツヨシさんの次にセミ短のヤンキーと交際したそうで、実生活でも喜劇のようだったんですね。

部活はバトミントン部でしたが、選んだ理由が感心できないものでした。

❝友人の兄が「六中でいちばん楽な部活はバドミントン部だ」と言うのでツヨシと入りました。噂どおり上級生がおとなしくて何も言わなくて、ただ楽しくバドミントンをやっていましたね。厳しい練習でつらそうな野球部とかサッカー部の友達を「一緒にやる?」って誘って、ときどき一緒にやっていました。楽しいバドミントンを(笑)❞
引用元:【横浜が生んだ喜劇俳優ムロツヨシさんを徹底解剖!(はまれぽ.com)】

厳しさではなく楽しさに重点をおいた部活選びは、ユーモア溢れるムロツヨシさんらしい選択ですね。

ムロツヨシの出身小学校

横浜市立神大寺小学校

ムロツヨシさんは1982年4月に横浜市立神大寺(かんだいじ)小学校へ入学し、1988年3月に卒業しています。

学校名 横浜市立神大寺小学校
所在地 〒221-0801
神奈川県横浜市神奈川区神大寺3丁目34−1
最寄り駅 片倉町駅(横浜市営地下鉄ブルーライン)
公式HP https://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/es/kandaiji/

ムロツヨシさんが、横浜市立神大寺小学校出身ということは、2015年8月18日発信のWebメディア『はまれぽ.com』のインタビューで本人が語っていることから間違いありません。

❝三枚町から片倉に引っ越しても学校は変わらなかったので、神大寺小に1年生から6年生まで通ってた❞
引用元:【横浜が生んだ喜劇俳優ムロツヨシさんを徹底解剖!(はまれぽ.com)】

同校にいる6年間サツマイモを掘るのがやたらと流行っていたようで、学校に畑があったのかもしれません。

ムロツヨシが夢中になった番組は?

ムロツヨシさんは小学高学年から中学生の頃はスタジオコントに夢中になっていたとNHKの『人×物×録』のインタビューで語っています。

❝僕が小学校高学年から中学生のころ夢中になったバラエティー番組が、ダウンタウンさんやウッチャンナンチャンが出ていた『夢で逢えたら』や、ナインティナインさんの『とぶくすり』といったスタジオコントでした。❞
引用元:【俳優ムロツヨシ(NHK人×物×録)】

コメディタッチの演技で見る人を笑顔にしてくれるムロツヨシさんですが、子どもの頃からお笑いが好きだったのですね。

ムロツヨシの出身幼稚園

ムロツヨシさんは1980年頃に横浜市にある幼稚園入園し、1982年3月に卒園しています。

ムロツヨシさんの出身幼稚園は明らかになっていませんが、Webメディア『はまれぽ.com』のインタビューで“4歳くらいまで菊名に住んでいてその後は神奈川区の三枚町に引越した”と語っていることから横浜市内の菊名か三枚町にある幼稚園に通っていたと考えられます。

❝僕は菊名です。菊名記念病院で生まれました。そのあと菊名に4歳くらいまで住んでいて、そこから神奈川区の三枚町に移ってそこで5年。次に小学校4年くらいで隣町の片倉に引っ越して、そのあとが大倉山です。❞
引用元:【横浜が生んだ喜劇俳優ムロツヨシさんを徹底解剖!(はまれぽ.com)】

ムロツヨシは幼少期が壮絶!

2018年10月30日発行の週刊誌『女性自身』によると、ムロツヨシさんは4歳の頃に両親が離婚してから壮絶な人生を送っているんですよ。

❝「人生が180度変わってしまったのは4歳。幾度となく夫婦喧嘩を繰り返した後、トランクに荷物を詰めている母親の後ろ姿を、ムロさんは今も覚えているそうです。結局、両親は離婚。5歳年上の姉とムロさんの親権は、大工さんだった父親が持ちました。以来、母親とは一度も会っていないそうです」(ムロの知人)❞
引用元:【ムロツヨシ 4歳で両親と離別…知人明かす壮絶だった幼少時代(女性自身)】

世界で一番大好きな母親が出ていく姿を眺めていたムロツヨシさんの心は、張り裂けそうだったに違いありません。

両親が離婚してからは父親が面倒を見たのか思いきや、子供が3人いるシングルマザーの家に転がり込んだためにムロツヨシさんと姉は祖父母の家に預けられる事になってしまったんです。

時折、ムロツヨシさんと姉は父親に会いにシングルマザーの家へ行っていたようで、血の繋がりのない子供が幸せそうに父親と一緒に暮らしている姿を見せつけられるムロツヨシさんの心境を考えると想像を絶しますね。

ユーモアがあって面白いムロツヨシさんですが、幼い頃から複雑な環境で育ち、❝嫌われたら生きる場所がなくなってしまうという❞という防衛本能からお調子者でいるようになったそう…。

ムロツヨシ 幼少期

ムロツヨシさんが本名を明かさないのは珍しい名前で特定しやすいからだそうで、母親への気遣いがあるんだとか。

あの明るいムロツヨシさんの笑顔の裏にそんな過去があったとは驚きですね。

ムロツヨシの学歴一覧・出身地詳細

ムロツヨシ

【調査中】幼稚園
入園年月 1980年頃
卒園年月 1982年3月
横浜市立神大寺(かんだいじ)小学校
入学年月 1982年4月
卒業年月 1988年3月
横浜市立六角橋中学校
偏差値 入試難度
入学年月 1988年4月
卒業年月 1991年3月
神奈川県立鶴見高等学校
偏差値 58 入試難度
入学年月 1991年4月
卒業年月 1994年3月
東京理科大学・理学部第一部・数学科
偏差値 70〜72 入試難度
入学年月 1995年4月
卒業年月

ここまでムロツヨシさんの学歴について見てきましたが、神奈川県横浜市の菊名に4歳くらいまで住んでいて、そこから神奈川区の三枚町に移って5年、次に小学校4年くらいで隣町の片倉に引っ越して、そのあとが大倉山に引越したといことで横浜市内を転々としていたことがわかりました。

横浜市のムロツヨシさんが住んでいたエリアからは新幹線が通るところが見えるスポットがたくさんありますのでムロツヨシさんも子供の頃一度は新幹線を見学に行っていたかもしれませんね。

お調子者キャラでお茶の間を笑わせてくれているムロツヨシさんですが、子どもの頃の複雑な環境がその原点となっていたというのは驚きでした。

もちろんそれだけではなく友人との楽しい学生時代なども現在の性格に影響しているのでしょうが、苦難の過去があってもその波に飲まれずに独自のやり方で乗り越え、自身の選んだ道を力強く生きているムロツヨシさんは素敵ですね。

今後もどんどん新しい役に挑戦していくムロツヨシさんから目が離せませんね。