遠藤憲一

遠藤憲一さんの出身大学や高校などの学歴と本当の出身地を徹底解説!ヤンキー画像や幼少期の画像を含め、学生時代に迫ります!

野球観戦をして夜10時に帰宅した小学生だったことや教科書を燃やされて中退したことなど、他では知れない情報満載でお伝えしています。

遠藤憲一の出身大学

遠藤憲一さんは大学に進学していません。

後述しますが、遠藤憲一さんは高校を中退後にアルバイトを転々としながら演劇をしていたので大学に進学するという選択肢はなかったでしょう。

遠藤憲一は無名塾を辞めていた!

遠藤憲一さんは周囲からの勧めで仲代達矢さん主催の『無名塾』(劇団の東大と呼ばれてた)の試験を受け、800人中5人の合格者として選ばれていたにもかかわらず、10日で辞めていたんです…。

無名塾はアルバイト禁止などルールが厳しかったことから遠藤憲一さんはあきらめてしまったのですが、周囲からは何をやっても続かない奴と言われていたんだそう。

高校を中退してからはビアホール、喫茶店など、1年で20もの職種を転々としていたんですって!

新宿の思い出横丁で3ヶ月ほどやけくそになって朝から晩まで飲んでいたのですが、腐っていてもしようがないと劇団フジ・東京宝映から再スタートを切ります。

1983年4月放送のドラマ『壬生の恋歌』でデビューを果たしましたが、出演できたきっかけは「無名塾を10日で辞めたやつがいるらしい」と物珍しさに採用されたんですよ。

遠藤憲一 ドラマ 壬生の恋歌

辞めたら何も縁がなくなりそうですが、ドラマのプロデューサーに目が留まるなんて遠藤憲一さんは運を持っているんですね。

当時の画像はイケメンばかりなので、顔も採用された要因だったのでしょう。

遠藤憲一 若い頃

遠藤憲一 若い頃

遠藤憲一の出身高校

横浜商工高等学校

遠藤憲一さんは1977年4月に横浜商工高等学校(現:横浜創学館高等学校)へ入学し、1977年9月ごろ中退しています。

学校名横浜商工高等学校(現:横浜創学館高等学校)
学科・コース調査中
偏差値41.0~52.0
入試難度
所在地〒236-0037
神奈川県横浜市金沢区六浦東1丁目43−1
最寄り駅追浜駅(京浜急行本線)
公式HPhttps://so-gakukan.ed.jp/

遠藤憲一さんが横浜商工高校出身であることは、『みんなの高校情報』に同校出身と掲載されていることから間違いありません。

遠藤憲一 みんなの高校情報

遠藤憲一さんが厚木市の高校に入学していたという噂がありますが、中学を卒業と同時に横浜市から厚木市に引っ越していたので勘違いされたのでしょう。

遠藤憲一は教科書を燃やされて2学期で中退!

2017年8月8日発行『産経新聞』によると、❝教科書を夏休みにロッカーに入れていたら全て燃やす❞という学校のお達しがあったにもかかわらず、遠藤憲一さんは教科書を置きっぱなしにしていたんです。

案の定、教科書は燃やされて新しく買うつもりもなかった遠藤憲一さんは忘れ物の罰として毎時間立たされていたんだそう。

勉強をする気にならなくなった遠藤憲一さんは中退したんです…。

母親は中退したことを聞いて涙したのですが、遠藤憲一さんは仕方ないと感じていたんですよ。

当時の画像を見ると、ヤンキーさまさまで学校にそぐわなかっただろうなと想像させますね。

遠藤憲一 高校時代

ちなみに、2018年3月18日放送のバラエティ『マルコポロリ』に出演したときによると、当時の横浜商工高校の偏差値は38で、小学生の算数のテストのような受験内容だったんですって!

❝A君からB君の家までが25メートル。A君の家から(2つの間にある)肉屋までが5メートル。肉屋からB君の家までは何メートルでしょう?❞
引用元:【マルコポロリ】

遠藤憲一さんは高校受験のために3ヶ月猛勉強したにもかかわらずあまりにも簡単な問題だったことで「これはトンチか?」と疑ってかかったんだそう。

問題のレベルにも驚きますが、遠藤憲一さんは上位で入学できたそうで、更にびっくりですね!




遠藤憲一の出身中学校

横浜市立山内中学校

遠藤憲一さんは1974年4月に横浜市立山内中学校へ入学し、1977年3月に卒業しています。

学校名横浜市立山内忠学校
偏差値
入試難度
所在地〒225-0002
神奈川県横浜市青葉区美しが丘5−4
最寄り駅たまプラーザ駅(東急田園都市線)
公式HPhttps://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/jhs/yamauchi/

遠藤憲一さんが山内中学校出身であることは、同校70周年記念式典にお祝いの言葉を送っているというつぶやきがあることから間違いないでしょう。

遠藤憲一はザリガニで化石を入手?

中学3年生までザリガニ取りが好きだった遠藤憲一さんは化石のようなものを入手したんだそう。

遠藤憲一 化石

本物の化石かどうかは調べていないそうですが、大切に40年ほど保管しているんですよ。

台座があることで人工物のようにも見えますが、化石かもしれないと想像するとロマンチックですね。

遠藤憲一の出身小学校

品川区立宮前小学校

遠藤憲一さんは1988年4月に品川区立宮前小学校へ入学し、1974年3月に卒業しています。

学校名品川区立宮前小学校
所在地〒142-0041
東京都品川区戸越4丁目5−10
最寄り駅戸越公園駅(東急大井町線)
公式HPhttps://school.cts.ne.jp/miyamae/

遠藤憲一さんが宮前小学校出身であることは、2013年4月25日放送の情報番組『はなまるマーケット』に出演した際に同校出身と語っていたことから間違いありません。

遠藤憲一は夜10時まで夜遊び!

遠藤憲一さんは小学2年生のときに品川区から横浜市に引っ越ししていたのですが、転校したくないと電車通学していたんです。

野球少年でジャイアンツファンだったことから、ナイターを観てから家に帰っていたので夜10時に帰宅していたんですって!

母親は心配しなかったのかと思いきや、遠藤憲一さんの好きなようにさせていたそうで、「この子だったら大丈夫」と信用されていたんですね。

当時の画像を見ると、父親が遠藤憲一さんに瓜二つなんですよ!

遠藤憲一 小学生時代

 

遠藤憲一さん本人にしか見えませんね!

別の画像ではそれほど似ていませんが、頬骨が高いところはよく似ていますよ。

遠藤憲一 小学生時代

上記の画像からわかるように手足の長い遠藤憲一さんですが、アップにすると超イケメンであることから小学生時代からモテていたことでしょう。

遠藤憲一 小学生時代

ちなみに宮前小学校出身の遠藤憲一さんですが、2019年12月10日放送『火曜サプライズ』では戸越銀座で生まれたと語られています。

宮前商店街のパン屋さんに間借りをして住んでいて、『憲一』という名前は店主の奥さんが付けてくれたんですよ。

遠藤憲一 幼少期

生まれたときから目元に遠藤憲一さんの雰囲気がありますね。

遠藤憲一の学歴一覧・出身地詳細

遠藤憲一

【調査中】幼稚園 保育園
入園年月
卒園年月
品川区立宮前小学校
入学年月1968年4月
卒業年月1974年3月
横浜市立山内中学校
偏差値入試難度
入学年月1974年4月
卒業年月1977年3月
横浜商工高等学校(現:横浜創学館高等学校)
偏差値41~55入試難度
入学年月1977年4月
卒業年月1977年9月ごろ中退
大学【進学せず】
偏差値入試難度
入学年月
卒業年月

ここまで遠藤憲一さんの学歴について見てきましたが、出身地は戸越銀座である東京都品川区でした。

戸越銀座は全長約1.3kmにも渡る大きな商店街だったことから、遠藤憲一さんはにぎやかな町で過ごしていたんですね。

せっかく3ヶ月勉強をして高校に入学したにも関わらず半年で中退し、無名塾にも10日で辞めてしまうというドロップアウトを繰り返していた遠藤憲一さんですが、下積み時代を耐えて人気俳優になったことは勇気づけられます。

中年の星である遠藤憲一さんの今後に期待大ですね!