花田優一

角界のプリンスを父に持ちながらも相撲界には進まずメディアにも露出してきている花田優一さんですが、出身高校や中学はどこなのでしょうか?

イタリアに留学して得た靴職人としての実力の有無と、昔の画像や学生時代のエピソードも併せた学歴情報をお届けします!

花田優一の出身大学

花田優一さんは大学に進学していません。

大学には進学せず、靴職人になるため2013年10月にアカデミア・リアチへ入学し、2015年8月頃に卒業しています。

花田優一 アカデミア・リアチ

学校名 アカデミア・リアチ
学部・学科 革芸術科・靴制作/靴デザイン
偏差値
入試難度
所在地 Via dei Conti, 4, 50123 Firenze FI, イタリア
公式HP http://www.accademiariaci.info/ja/academics-2/kutsu/

花田優一さんがアカデミア・リアチ出身であることは、2017年3月31日『アナザースカイ』で放送されたことから間違いありません。

花田優一のイタリア留学時代のエピソード

アカデミア・リアチはジュエリーや家具、革製品などイタリアの工芸品を学ぶための学校で、留学期間は生徒自身が決めます。

花田優一さんは約2年間アカデミア・リアチのアンジェロ・インペラトリーチェ氏に師事していました。

アンジェロ・インペラトリーチェ 師匠

アンジェロ・インペラトリーチェ氏は11歳から職人をしているイタリア靴業界ではとても有名な人です。

日本の職人気質と似ているところがあるようで、“教えてもらうのではなく、見て技術を盗むもの”だったんですよ。

花田優一の靴職人としての実力は?

花田優一さんが若いことで靴職人として実力があるのかどうか噂になりました。


アナザースカイの撮影はアンジェロ・インペラトリーチェ氏から学んで2年経過してからでしたが、花田優一さんのように真剣に一つ一つ心に留めて学ぼうという意識を持つ弟子は少なく、「君は立派だよ」と褒めていたんですよ。

アンジェロ・インペラトリーチェ

靴職人業界のドンに認められているということは実力がある証で、これから花田優一さんが実績を積んでいくことで批判する人もいなくなるでしょう。

花田優一の出身高校

花田優一さんは2011年春にアメリカ・ボストンに留学し、2013年夏に帰国しています。

花田優一さんの留学先がどこなのかは明らかにされていませんが、2017年7月10日に投稿された花田優一さんのオフィシャルブログにボストンの画像が掲載されていることから間違いありません。

花田優一 ボストン 寮

”ここが僕の寮で、1799年に建てられたとかいう謎のホーンテッドマンション
もちろん内装は何度も変えてるけど、州の文化遺産的な関係で、外装はあんまり変えられないらしく…”
引用元:【見つけた!秘蔵写真(花田優一オフィシャルブログ)】

花田優一は高校中退していた?!

花田優一さんがアメリカに滞在していたのは2年あまりで高校卒業には1年足りないことから中退していた可能性が高いです。

アメリカでは“飛び級制度”という学力のある生徒は学年を飛び越える(1年生から3年生に進級するなど)ことができる制度がありますが、地元の生徒であっても1学年で数人しかいないと言われています。

となると、留学生は元々英語が大きなハードルになることから飛び級はかなり困難なので花田優一さんは高校を中退して帰国したと考えるのが自然ですね。

花田優一の高校生時代のエピソード

花田優一さんがアメリカ・ボストンに留学したのは、厳しい環境に自分を追い込みたかったから。

「父親のしつけが厳しかったから、どこでも生きていけるだろうという自信はあった」と2017年10月7日号の『SEKO ASTRON presents World Cruise』でのインタビューで語っています。

花田優一 SEIKO ASTRON インタビュー

しかし、中学卒業してすぐに単身アメリカへ留学に行ったことは孤独との戦いでもあったようで、引きこもっていたんですよ。

”17歳なりたての僕。この机とベッドだけが自分が使えるスペースで、まぁ、色んなことを沸々と考え、練りこみ、引きこもっていた少年”
引用元:【見つけた!秘蔵写真(花田優一オフィシャルブログ)】

花田優一 17歳 ボストン

(15歳で留学しているので)2年も経過した17歳ともなると現地にもだいぶ慣れ友達もたくさんいそうな印象ですが、当時は社交的ではなかったのかも。

あるいは角界に進むべきなのか、自分のやりたいことは何なのかを考えていたのかもしれません。

父親の元貴花田親方は中学を卒業した時点で入門した同じ時期に花田優一さんが日本にいると「角界に入門しないのですか?」と記者に追いかけ回されてしまうことも考慮し、留学した可能性が考えられますね。

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花田優一の出身中学校

花田優一 青山学院 中等部

花田優一さんは2008年4月に青山学院中等部へ入学し、2011年3月に卒業しています。

学校名 青山学院中等部
偏差値 69
入試難度 難関
所在地 〒150-8366
東京都渋谷区渋谷 4-4-25
公式HP http://www.jh.aoyama.ed.jp/

花田優一さんが青山学院中等部出身であることは、元同級生が中等部にいたことをつぶやいていることから確かですね。

花田優一の中学生時代のエピソード

中学時代は元貴花田親方のしつけがとても厳しくて、とにかく怖かったんだそう。

子供のしつけがなっていないと弟子への示しがつかなかったからですが、しつけの中には「調子に乗ったら引きずり回す」と言われたことで自分の殻に閉じこもってしまうようになってしまったんだとか。

息子は花田優一さん1人しか居ないことで、元貴花田親方の期待が大きかったはずですよね。

“期待を感じて応えたいけれども自分のやりたいことではない”というジレンマに花田優一さんは悩んでいた時期だったでしょう。

花田優一の出身小学校

花田優一 青山学院 初等部

花田優一さんは2002年4月に青山学院初等部へ入学し、2008年3月に卒業しています。

学校名 青山学院初等部
所在地 〒150-8366
東京都渋谷区渋谷 4-4-25
公式HP http://www.age.aoyama.ed.jp/

花田優一さんが青山学院初等部出身であることは、2018年11月29日発信の『ZAKZAKby夕刊フジ』に掲載されていることから間違いありません。

“優一氏は青山学院幼稚園から青山学院初等部・中等部へ進学した“お坊ちゃま”育ち。”
引用元:【商才ある景子さんは夫を捨て息子を取った… 元貴親方離婚“不肖の長男”めぐる確執(ZAKZAKby夕刊フジ)】

花田優一の小学生時代のエピソード

小学2年生のときに父・貴乃花光司さんの引退を経験していますが、断髪式では涙ながらに参列していた姿が今だに脳裏に残っています。

花田優一 小学2年生

本当に凛々しい顔で意志のしっかりした少年ですよね。

また、小学校5年生のときに元貴花田親方と一緒にドイツのワールドカップを観戦しに男二人旅をしたと2017年10月28日発信の『SEKO ASTRON presents World Cruise』で語っていて、一生心に残る思い出になったでしょう。

花田優一の出身幼稚園

花田優一 青山学院幼稚園

花田優一さんは1999年4月に青山学院幼稚園へ入園し、2002年3月に卒園しています。

学校名 青山学院幼稚園
所在地 〒150-8366
東京都渋谷区渋谷 4-4-25
公式HP http://www.kinder.aoyama.ed.jp/

花田優一さんが青山学院幼稚園出身であることは、

2018年11月29日発信の『ZAKZAKby夕刊フジ』に掲載されていることから間違いありません。

“優一氏は青山学院幼稚園から青山学院初等部・中等部へ進学した“お坊ちゃま”育ち。”
引用元:【商才ある景子さんは夫を捨て息子を取った… 元貴親方離婚“不肖の長男”めぐる確執(ZAKZAKby夕刊フジ)】

母親の河野景子さんは、花田優一さんに相撲の道を進んでほしくないと青山学園幼稚園に入園させたとの噂があります。

どの道を進もうとも、学があれば鬼に金棒ですよね。河野景子さんは上智大学外国語学部フランス語学科卒業していて教育ママの評判もあり、花田優一さんのために青山学院幼稚園を選んだのでしょう。

花田優一の学歴まとめ!

花田優一

青山学院幼稚園
入園年月 1999年4月
卒園年月 2002年3月
青山学院初等部
入学年月 2002年4月
卒業年月 2008年3月
青山学院中等部
偏差値 69 入試難度 難関
入学年月 2008年4月
卒業年月 2011年3月
【調査中】アメリカボストンの学校
偏差値 入試難度
入学年月 2011年春
卒業年月 2013年夏
アカデミア・リアチ・革芸術科・靴制作/靴デザイン
偏差値 入試難度
入学年月 2013年10月
卒業年月 2015年8月頃

花田優一さんは難易度の高い青山学院の幼稚園から高校まで進学していますが、父親の相撲界でもなく、学を活かす職業に就くわけでもなく、職人の道を選びました。

きっと「靴職人なんて青山学院を出ているのにもったいない」と周囲に言われたのではないかと思いますが、自分の道を貫き続けてくれることを願います。