小倉智昭

小倉智昭さんの出身大学や高校などの学歴と本当の出身地を徹底解説!バンド演奏画像や幼少期の画像を含め、学生時代に迫ります!

浪人時代に国体に出場していたことやあだ名が❝どもきん❞だったことなど、他では知れない情報満載でお伝えしています。

小倉智昭の出身大学

獨協大学

小倉智昭さんは1967年4月に獨協大学・外国語学部・フランス語学科へ入学し、1971年3月に卒業しています。

学校名獨協大学
学部・学科外国語学部・フランス語学科
偏差値52.5~57.5
入試難度
所在地〒340-0042
埼玉県草加市学園町1−1
最寄り駅獨協大学前〈草加松原〉駅(東武伊勢崎線)
公式HPhttps://www.dokkyo.ac.jp/

小倉智昭さんが獨協大学外国語学部フランス語学科出身であることは、2017年4月16日発信『週刊女性プライム』で同校出身と掲載していることから間違いありません。

❝獨協大学外国語学部英文科を受験し、補欠でフランス語学科に入った。❞
引用元:【“朝の顔”小倉智昭、吃音症とフリー転身後の貧乏暮らしの過去(週刊女性プライム)】

小倉智昭さんはスペイン語を学びたいと上智大学を志望していたのですが、不合格で浪人しています。

スペイン語希望で英語科を受験し、フランス語学科に補欠入学とは一体何語をしたかったのでしょう。

小倉智昭さんは「何で俺がフランス語?と思ったけど、入れてくれると言うんだから」と入学を決めたんだそうで、特にこだわりはなかったみたいですね。

小倉智昭は浪人時代に国体出場!

後述しますが小倉智昭さんは小学生時代から運動能力が抜群で国体出場もしていたのですが、浪人時代まで別府国体に出場していたんですよ。

小倉智昭 浪人時代

小倉智昭さんが3人のいずれかであることは確かなのですが、中央の人物がいちばん小倉智昭さんぽいですね。

予備校で勉強しなければならないにも関わらず、3日で飽きてしまった小倉智昭さんは午前中に図書館で好きはジャンルの本を読み、午後から東京体育館横の陸上トラックで走っている生活を送っていたところ100mを10秒台で走れるようになったんですって!

それだけ早く走れれば、国体に出場したくもなりますよね。

当然父親からは「貴様! 勉強もしないで浪人中に何やってるんだー」と叱られたそうですよ。

大学に入学してからも陸上を続けていたのですが、大学2年生のときに怪我で引退しています。

次にはじめたのはバンドでした。

ベースとボーカルを担当し、小倉智昭さんの司会が面白いと人気出てビアホールやキャバレーで演奏していたんです。

小倉智昭 大学時代

中央が小倉智昭さんですが、客席よりも段が上がっていて本格的な舞台で演奏していたんですね。

小倉智昭の出身高校

中央大学付属高等学校

小倉智昭さんは1963年4月に中央大学附属高等学校・普通科へ入学し、1966年3月に卒業しています。

学校名中央大学附属高等学校
学科・コース普通科
偏差値71
入試難度難関
所在地〒184-8575
東京都小金井市貫井北町3丁目22−1
最寄り駅国分駅(JR中央線)
公式HPhttps://chu-fu.ed.jp/

小倉智昭さんが中央大学附属高校出身であることは、同校創立125周年記念イベントに卒業生として講演していることから間違いありません。

❝中央大学附属高等学校は6月23日、同校出身のフリーアナウンサー、小倉智昭さんを招き、同校講堂で講演会を開いた❞
引用元:【創立125周年記念行事(中央大学附属高等学校)】

小倉智昭さんは高校も補欠合格だったんですよ。

❝合格発表の時、掲示版を見たら案の定、受験番号がなかった。受験勉強をしていない自分が中附なんかに入れっこないんだと愕然としていたら、小倉さんの母親が「智昭、智昭、受かったわよ! 中大附属、補欠で!」と。❞
引用元:【「喋りのプロ」は、夢を捨て目標を持つ「どもりの情熱家」(Chuo Online)】

小倉智昭さんは5段階評価で3ぐらいの成績だったのですが、当時から難関校だった中央大学附属大学高校に合格できたとは陸上の成績が飛び抜けてよかったんですね。

小倉智昭の高校時代はモテモテだった!

小倉智昭さんは陸上で推薦入学を果たすほどの運動能力だったことと持ち前の甘いマスクで、当時は男子校だったにも関わらずトラックのコーナーごとにファンが待ち構えて「頑張って!」と声を書けてくれるほどモテモテだったそう。

男子校だと女子とは接点がなさそうですが、小倉智昭さんは100mを10秒9という記録を叩き出しているほどだったので、大会で目立っていたのでしょうね。

順風満帆の陸上生活かと思いきや、自分の能力の限界を感じて陸上をやめようと思ったこともあったんだそう。

しかし、父親に「入った以上、意志を貫け」と言われたことで4✕400の1600mリレーで当時の高校記録を叩き出したんですよ!

極めた人たちの中で記録を叩き出すのは並大抵のことではないと想像しますが、小倉智昭さんはやってのけるほどの実力を兼ね備えていたんですね。




小倉智昭の出身中学校

世田谷区立梅丘中学校

小倉智昭さんは1960年4月に世田谷区立梅丘中学校へ入学し、1963年3月に卒業しています。

学校名世田谷区立梅丘中学校
偏差値
入試難度
所在地〒156-0043
東京都世田谷区松原6丁目5−11
最寄り駅東松原駅(京王井の頭線)
公式HPhttps://school.setagaya.ed.jp/tuka/

小倉智昭さんが梅丘中学校出身であることは、2013年7月1日放送『赤丸!スクープ甲子園 芸能人卒業アルバム この人はダレ?』において同校出身と紹介されていることから間違いありません。

小倉智昭の中学時代は世田谷区大会で優勝!

陸上で記録を出し続けていた小倉智昭さんは、世田谷区大会で優勝していたんです。

中央大学附属高校から推薦入学のオファーが来たのも納得ですね。

『赤丸!スクープ甲子園 芸能人卒業アルバム この人はダレ?』では水木一郎さんと同級生であることが紹介されていました。

ちなみに、滝沢カレンさんは後輩になるんですよ。

滝沢カレンの高校や大学の学歴・出身情報!小学校時代の写真が衝撃!

芸能偏差値が高い中学校ですね。

【小倉智昭の中学生時代の同級生】

  • 水木一郎(歌手)

小倉智昭の出身小学校

小倉智昭さんは1954年4月に秋田市内の小学校へ入学。

1955年4月に新宿区の小学校へ転校。

1957年4月に秋田市立高清水小学校へ再転校し、1960年3月に卒業しています。

【秋田市立高清水小学校】

秋田市立高清水小学校

学校名秋田市立高清水小学校
所在地〒011-0936
秋田県秋田市将軍野南1丁目2−16
最寄り駅土崎駅(JR奥羽本線)
公式HPhttps://www.edu.city.akita.akita.jp/tks-s/wp/

小倉智昭さんの入学した小学校、転校した新宿区の小学校は明らかになっていません。

先述した『週刊女性プライム』で秋田市の小学校に入学し、新宿区の小学校に転校したことが紹介されています。

❝小倉さんが幼少期を過ごしたのは、父の赴任地であった秋田県秋田市。
小学校3、4年は父の転勤で東京都新宿区の小学校に通った。❞
引用元:【“朝の顔”小倉智昭、吃音症とフリー転身後の貧乏暮らしの過去(週刊女性プライム)】

秋田市立高清水小学校出身であることは、同校出身というつぶやきがあることから間違いないでしょう。

小倉智昭のあだ名は❝どもきん❞!

小倉智昭さんは吃音(話し言葉が滑らかに出ない発話障害)だったことと、目が大きくて出ていたことから❝どもきん❞と呼ばれていたんだそう。

秋田市から新宿区の小学校に転校したとき名付けられたのですが、いじめの匂いがしますよね。

クラスで『マッチ売りの少女』を上演したときには、一言しかなかったセリフ「そのマッチはいくらですか?」を言うことができずに小倉智昭さんを飛ばして劇が進んでしまったんだとか…。

しかし、運動会になると足がめちゃくちゃ早かったことから、クラス全員から崇拝されていたんですって!

秋田市にいた時の画像を見ると、ホホがりんごのように赤くて素朴な少年ですね。

小倉智昭 小学生時代

どもっていた小倉智昭さんが将来アナウンサーになるとは意外ですが、吃音を治すためにアナウンサーを目指したんですって!

入社した東京12チャンネル以外は全て不合格だったのですが、試験のお題が競馬で高校時代に陸上の練習で走っていた府中競馬場のことを盛り込んでスピーチしたら合格したんです。

小学生で悔しい思いをしたどもりを克服しようとアナウンサーにチャレンジするとは、小倉智昭さんはタフですね。

小倉智昭の学歴一覧・出身地詳細

小倉智昭

【調査中】幼稚園 保育園
入園年月
卒園年月
【調査中】秋田市の小学校
入学年月1954年4月
卒業年月1955年3月
【調査中】新宿区の小学校
入学年月1955年4月
卒業年月1957年3月
秋田市立高清水小学校
入学年月1957年4月
卒業年月1960年3月
世田谷区立梅丘中学校
偏差値入試難度
入学年月1960年4月
卒業年月1963年3月
中央大学付属高等学校・普通科
偏差値71入試難度難関
入学年月1963年4月
卒業年月1966年3月
獨協大学・外国語学部・フランス語学科
偏差値52.5~57.5入試難度
入学年月1967年4月
卒業年月1971年3月

ここまで小倉智昭さんの学歴について見てきましたが、出身地は秋田市でした。

秋田市は米どころであるので、小倉智昭さんはご飯をたくさん食べていたのかも?

小倉智昭さんは転校を何度も繰り返していじめの標的になろうとしていたのですが、持ち前の足の速さで逆転し人気ものになりました。

吃音を治すためにアナウンサーになろうとは、いじめの逆転劇の経験から苦手なことも克服できると感じたのでしょう。

第一線を走り続ける小倉智昭さんの今後の活躍が気になりますね!