みやぞん

漫才コンビ“ANZEN漫才”のボケ担当で規格外の天然キャラであるみやぞんさん。人並み外れた運動神経で活躍の場を広げていますが、どこの高校や中学を卒業しているのでしょうか?

卒アル画像や学生時代のエピソードも併せた学歴情報をお届けします!

みやぞんの大学

みやぞんさんは大学に進学していません。

スポーツ推薦で大学に進学できたにもかかわらず「上下関係が厳しいのが嫌だから」と断ったんですよ。

みやぞんさんにとっての高校生活は先輩後輩関係に息苦しさを感じていて、これ以上この環境を続けるのは嫌だと思ったのかもしれませんね。

みやぞんの高校

みやぞん 卒アル 高校生

みやぞんさんは東京都立荒川商業高等学校(偏差値:40 入試難度:2001年4月に入学し、2004年3月に卒業しています。

【高校の住所】
〒120-8258
東京都足立区小台2-1-31

オシャレが気になり始める年頃だったのでしょう。眉毛を整えすぎて細くなってしまっていますね…。

みやぞんさんの高校が荒川商業高校であることは野球部時代のユニフォーム姿の画像から確認することができます。

みやぞん 高校   野球

胸に『Arakawa SHOGYO』とはっきりと書かれていますよね。

この時の動画『みやぞん 高校時代のすごいプレー!!』があるんですよ。

先生からの「天然なところはありましたが、チームの大黒柱として活躍してくれました」というコメントに、現在も高校時代もみやぞんさんは変わらないんだなと感じました。

荒川商業高校にはスカウトされて入学しました。中学時代の部活の時に転がってきた野球の球を投げ返してあげたのですが、それを荒川商業高校の野球部の監督がたまたま見ていて、「君、肩が良いから荒川商業高校に来ないか」と誘われたんだそう。

第六中学校にたまたま荒川商業高校の監督がいて、しかもたまたまみやぞんさんが野球の球を返球するのを見ていたタイミングが良さ過ぎて漫画のストーリーみたいですよね。

荒川商業高校は大学に進学する人は少なく、就職には有利な学校だと評判で、公立高校のわりに校則は厳しく冬のセーターは紺色限定なんだとか。

それだけ厳しいんだったら、みやぞんさんの眉は注意されていたのかもしれませんね。

高校生時代のエピソード

高校時代は野球に明け暮れる毎日で、監督からは“天然なところはあるけれど、大黒柱のような中心人物でみんなを盛り上げてくれる存在”だと認めてもらっていました。

みやぞんの野球の実力は?成績は良かったの?

荒川商業高校の野球部はそんなに強くなかったのですが、みやぞんさんが入部してからメキメキと成績を伸ばしはじめ、高校3年の夏は東東京大会で4回戦まで勝ち進みました。

3回戦を勝利した試合後の画像は、応援席の前で雄叫びをあげているんですよ。

みやぞん 高校3年生 野球

みやぞんさんは貧しい家庭に育っていたのですが、野球の道具は母親が指輪を質に入れて工面したんだそう。その苦労を知っているだけに、勝利は格別に嬉しかったでしょう。

高校野球の強豪校である国士舘高校が対戦相手で、残念ながら敗退してしまうのですが、140校ほど参加する東東京大会でベスト8に入ろうかというところまで行ったわけですから、素晴らしいですよね!

ちなみに、みやぞんさんはピッチャーだったのですが投球の時速は130km/hでした。

みやぞん 高校 野球

素人が見てても勢いがあって、ものすごい気迫を感じます。

ここ数年で高校生野球児の投球が速くなり、大谷翔平さんが160km/hの高校野球での新記録を出したことは記憶に新しいですが、15年以上前に130km/h出していたのはとてもすごいことで、しかも4番バッターであったことから、まさしくみやぞんさんは『エースで4番』の花形選手だったんですね!

→大谷翔平の出身校や偏差値は?イケメンな小学校の卒アル画像と野球を始めた意外なキッカケ!

みやぞんの高校の伝説に驚き!

みやぞんさんは中学卒業まで『ヤンガーズ』という少年野球チームにも入っていたのにもかかわらず、高校になっても野球のルールを覚えていませんでした。

1番が大好きなみやぞんさんは、1番バッターに向かって「1番はいいよなぁ。俺は4番だぜぇ。」と言ったり、遊撃手のことをショートだとは知らずに『遊び人』だと思っていたんだそう。

また、いつ高校野球人生が終わるかなどは全く理解していなくて、甲子園地区予選である東東京大会で負けたときのインタビューに「明日は勝ちます」と答えていたんですよ!

チームメイトに「明日はないんだよ」と言われ、理由を教えてもらってはじめて「最初から説明してくれなくちゃぁ」ってぼやいていたんだとか。

一般人でも知っていそうなことを知らなかったなんて、天然キャラはこの頃からすでに出来上がっていたんですね。

先ほどの伝説などからみやぞんさんが超天然であることと、23歳から8年間『社会福祉法人リード・エー』が運営する障害者施設『葦の会作業所』の職員として勤務していたことから発達障害なのではないかと噂されています。

しかし、みやぞんさんは職員としてお世話をしてあげる立場であったことと、小学校から高校まで普通の学校に通っていたので、障害者であるはずがないですよね。

みやぞんは韓国人だった!

2015年4月21日放送バラエティ『有田チルドレン』でゲスト出演した際に韓国人だったことを明かしたみやぞんさん。

みやぞん 韓国人

事の発端は、高校のときに自動車免許を取ろうと試験場で書類を提出したとき「外国人登録証明書が足りません」と告げられました。

今まで自分は日本人であると信じていたみやぞんさんは、その時はじめて韓国籍だった事を知ったんですって!

それを包み隠さずにカミングアウトしたことは、正直なみやぞんさんらしですよね。

ちなみにみやぞんさんの本名は『宮園大耕(みやぞの だいこう)』さんといいますが、韓国名は明らかになっていません。

一部で「韓国名が❝宮園ネバー❞ではないか?」と噂になりましたが、それはみやぞんさんの事を調べようと検索したまとめサイトの『NAVER まとめ』が混同したのでしょう。

その後、みやぞんさんは日本に帰化しましたが、日本人として生きてきたのですから自然なことですよね。

みやぞんの中学校

みやぞん 卒アル 中学生

みやぞんさんは足立区立第六中学校1998年4月に入学し、2001年3月に卒業しています。

【中学校の住所】
〒123-0856
東京都足立区本木西町16-1

中学生らしい思春期のシンボルである“にきび”がチラホラ見えていて、青春だなと感じますね。

第六中学校の制服の色が変わってるので現在の制服と比べて検証することはできませんが、みやぞんさんの中学生のころの画像に“第六中学校”と書かれているものがありましたので、出身中学は第六中学校で間違いありません。

みやぞん 中学校

第六中学校は生徒も先生も勉強に熱心で、朝学習や放課後の補習にも力を入れているのでほとんどの生徒が高校に進学。

100年以上の歴史があるので校舎は古いですが、部活動も活発で生徒はイキイキとした中学生活を送っています。

中学生時代のエピソード

高校野球で活躍していたみやぞんさん。本当は小学校卒業のときからバレーボール部に入りたかったのですが中学では意外にもソフトテニス(軟式)でキャプテンを務めていたんですよ。

しかし、バレーボール部が第六中学校には無かったので、同じネット(コートを仕切っている網)つながりでテニス部にしたんだとか。

関西の芸人が聞いたら「(ボールつながりじゃなくて)ネットなんかい!」と突っ込まれそうですが、自由な発想のみやぞんさんらしいですよね。

みやぞんさんが凄いのは、短絡的に決めていながら伝説を生み出すところです。

ソフトテニス未経験のみやぞんさんは小学校からソフトテニスをしていた部員相手に入部そうそう試合をして勝ってしまったんです。

しかも、テニスをはじめた時はジュニアチーム『ヤンガーズ』で野球もしていたので、“右肩を痛めたくない”のを理由に左でラケットを持っていたとか。

そのため、1年経ってもなかなか勝てないので右に変えたら突然強くなったんですって!

「テニスの成績で最高成績は足立区2位だった」と2017年4月25日開催の『キリン メッツ グレープフルーツ 刺激的リニューアル記者発表会』で言っていました。

足立区2位とは、足立区ソフトテニス連盟主催の『ジュニアスポーツ大会』と言う中学生の大会があるので、その大会ことでしょうね。

中学生相手だけでなくコーチと試合をしても勝っていたみやぞんさんですが、ある日の試合終了後にテニスコートから出ようと2歩進んだところで転んでしまい、つま先が反対向いてしまうほどの複雑骨折をしてしまいました。

2017年8月13日放送の『ウチくる!?』に出演した時に話していたのですが、骨折だとは分からずに学校の前の接骨院に駆け込んだんですよ。

接骨院の先生に「つま先を上に寝てください」と言われたのですが、つま先は反対向いていますから仰向けなのかうつ伏せなのかひともんちゃくした後、微弱電流を流す治療をしてくれたんだそう。

最終的には「治療は無理」と言われしまい、みやぞんさんも「無理だと思っていました」と答えたんですって!

普通なら痛さと恐怖でパニックになって大きな声で泣きじゃくってしまいそうですが、痛みを感じていないかのように冷静なのは只者じゃないですよね。

現在、ギターを片手に漫才をする芸風ですが、ギターを始めたのは骨折をしてスポーツができないときにふとやり始めたのがきっかけだったんだとか。

ギターを習いに行くことはせず、聞いた音と同じ音をだす“耳コピー”手法を使って独学で練習していて、その中で自分でコード(ギターの和音)を編み出したと思っていたんだそう。

後からコードは学んで覚えるものだと知って「遠回りしたな」と感じていたそうですが、教えてもらっても弾けない人もいるのに、ギターの才能があるんですね。

2018年4月13日放送の『徹子の部屋』では、後ろ向きにギターを弾くことを披露していたのですが、音だけ聞いていると前向きなのか後ろ向きなのかわからないくらい上手でしたよ。

みやぞん ギター 後ろ向き

同番組に相方のあらぽんさんも一緒に出ていたのですが、あらぽんさんが中学3年生のときに「一緒に漫才をしないか」とみやぞんさんを誘って、『Mix』と言う名でコンビを組んでいました。

→あらぽんの高校や中学の学歴まとめ!元ヤン金髪画像がイカツイ!

ANZEN漫才には前身があったのですね。

【主な卒業生】

  • 大場政夫(プロボクサー)

みやぞんの小学校

みやぞん 小学生

みやぞんさんは足立区立寺地小学校1992年4月に入学し、1998年3月に卒業しています。

【小学校の住所】
〒123-0873
東京都足立区扇1-7-1

屋外で撮影されているためか眩しそうですが、今のみやぞんの特徴でもある切れ長の目は小学校のころからすでにあったのですね。

みやぞんさんの小学校は2018年3月29日放送のバラエティ『得する人損する人』の母校に不用品をリメイクして恩返しするコーナーで明らかになりました。

みやぞん 小学校

その母校は足立区立寺地小学校であると紹介されていて、みやぞんさんが訪れたことに生徒は大喜びだったんですよ!

みやぞん 母校 寺地小学校

寺地小学校は校庭が全て人工芝生なので寝転ぶこともでき、ハンカチ落としなど屋内で遊ぶには少し危なかったことも外でできるようになったと大好評です。

また、6年生は第六中学校と授業体験と部活体験をさせてもらうことで良いつながりができるんだとか。

みやぞんさんも授業体験をしていたんだろうなと想像しますね。

小学生時代のエピソード

小学校時代は少年野球チーム『ヤンガーズ』に所属していましたが、卒業する時の夢はバレーボール選手だったんですよ。

みやぞん 小学生 野球

しかも、近所の運送会社でキックボクシングを小学校5年生から中学3年生まで教えてもらっていました。

しかし、キックボクシングの試合で相手にパンチがあたると「ごめんなさい!」を連発するような子で、運動能力はあるけれど格闘技には向いていなかったんです。

2018年1月3日放送の『あいつ今何してる? 豪華新春3時間SP』で小学校時代のことを語っていたのですが、同じチームの3歳後輩には東京ヤクルトスワローズの秋吉亮選手がいたんです!

みやぞん 秋吉亮 野球

当時のみやぞんさんは“やんちゃ”で知らぬ間にどこかに行って仲間と喧嘩していたりして落ち着きのない子供だったんだそう。

体育館で体育の授業があったときに、みやぞんさんだけうるさかったらしく先生から「帰りなさい!」と言われると1人教室に帰ってテレビを見ていたこともあったんですって!

また音楽の授業が好きで、先生のアコースティクギターを借りて練習したりしていたそうで、野球にキックボクシングにギターにと多才な小学生だったんですね。

みやぞんの保育園

みやぞん 卒アル 保育園

みやぞんさんは第二本木保育園(現:扇こころ保育園)1986年頃に入園し、1992年3月に卒園しています。

【保育園の住所】
〒123-0873
東京都足立区扇1-22-28

みやぞんさんが3歳のころの画像ですが、女の子みたいに見えますよね。それもそのはず、みやぞんさんは5人姉弟の末っ子でしかも長男。

姉が4人いての初の男の子なので、なんとなく女の子っぽく髪をカットされていたのかもしれませんね。

みやぞんさんの保育園から高校まで同じ進学ルートをたどった人のつぶやきがあるんです。

https://twitter.com/tana_la_kyy/status/838771710778232833

このことから、みやぞんさんの保育園は足立区立第二本木保育園であったのですが、平成20年3月に閉園となり東京児童協会運営の私立保育園『扇こころ保育園』として新しくなりました。

保育理念は『大きなお家』として子どもたちがお互いに支え合いながら育つ環境つくりを念頭において保育しています。

リトミックに力を入れているので、みやぞんさんの音楽の才能もここで開花した可能性もありますね。

保育園時代のエピソード

保育園時代に相方のあらぽんさんと出会いましたが、まだお互いに1歳くらいだったので出会った日のことは覚えていないでしょう。

2018年4月28日放送の『本気でハシゴ酒』に出演した時に幼少期は極貧生活だったと語っていたみやぞんさん。

誕生日にケーキの代わりに茹でたキャベツがまるごと1個出てきたんだとか。

また、ガスも電気も止められてしまった夜にライター1本で絵本を読んでもらったとも語っていました。

みやぞんさんの母親はシングルマザーで子供が5人の状況であれば、かなり経済面では厳しかったと想像します。

そんな極貧の中でも笑顔を絶やさずにいることはなかなかできることではないので、みやぞんさんのこと尊敬しますね。

みやぞんさんはいつもニコニコしているので、恵まれた環境の中で育ってきたのかと思いきや、電気やガスを止められたこともある過酷な状況でした。

2018年の24時間テレビではトライアスロンに挑戦しますが(走りが100km、バイク(自転車)60km、スイム(水泳)1.55kmの合計161.55km)、たくましく生きてきた学生時代のことがあれば乗り越えられるでしょう。

完走を信じて、24時間をテレビを見ながら応援したいと思います!