藤井聡太

最年少記録をいくつも持つ藤井聡太さんの高校・大学をはじめとする全学歴・偏差値を徹底解説!学生時代のエピソードと主な経歴、実家や家族構成を含めた生い立ちに迫ります!

将棋が強い理由は幼少期に遊んだおもちゃにあった!?

藤井聡太の学歴・経歴一覧

まずは藤井聡太さんの学歴と主な経歴を年表形式で紹介します!

ふりがな /ふじいそうた 藤井聡太
氏名

本名
/藤井聡太※本名同じ
生年月日 200219日生 22
出身 愛知県瀬戸市
身長 182cm  血液型 A
最終学歴 中卒 名古屋大学教育学部附属中学校
年齢 学歴・経歴
2002 愛知県瀬戸市生まれ
父親は大手住宅機器会社勤務&母親は専業主婦
2006 雪の聖母幼稚園入園
  1年間で20級から4級へ昇級
2009 雪の聖母幼稚園卒園
瀬戸市立效範小学校(こうはん)入学
東海研修会に入会
2015 12 瀬戸市立效範小学校卒業
名古屋大学教育学部附属中学校入学
史上最年少13歳2ヶ月で三段に昇格
2016 14 史上最年少14歳2ヶ月でプロ棋士
2018 15 名古屋大学教育学部附属中学校卒業
名古屋大学教育学部附属高等学校・普通科入学
七段に昇級
2020 17 史上最年少で『棋聖』のタイトル
2021 18 名古屋大学教育学部附属高等学校・普通科中退
最年少の四冠達成

(※緑文字:学歴 赤文字:印象的な事柄

愛知県瀬戸市出身の藤井聡太さん。父親の藤井正史(まさし)さんの職業は大手住宅機器会社勤務で2016年から東京に単身赴任しています。

藤井聡太 父親

母親の藤井裕子さんは専業主婦をしながら、アマチュアオーケストラのビオラ奏者です。

藤井聡太 母親 藤井裕子

藤井聡太さんには4歳年上の兄・藤井皓介(こうすけ)さんがいて、東京大学に入学したという噂が流れましたが大学名も含めて詳しい情報は明らかになっていません。

藤井聡太 兄藤井皓介

普通の家庭に生まれ、4人家族として育った藤井聡太さん。

そんな藤井聡太さんはどんな学生生活を送っていたのでしょうか?当時のエピソードや画像などを現在からさかのぼりながら見ていきましょう!

藤井聡太の出身大学(偏差値・評判・学費)

藤井聡太さんは大学に進学していません。

藤井聡太さんは将棋に専念する為に大学には進学していません。

大学に進学していれば2021年11月現在、大学1年生だった藤井聡太さん。

藤井聡太さんは2021年11月12,13日に史上最年少での四冠獲得をかけた第34期竜王戦で豊島将之竜王と対局し、見事勝利を納め、最年少の四冠を獲得しました。

藤井聡太 四冠

四冠獲得から一夜明けた14日の記者会見で藤井聡太さんは笑顔で『昇龍』と揮毫した色紙を掲げ、揮毫の意味を「竜王戦にかけて」と「さらに勢いよく昇っていけるように」と五冠獲得に向けて意欲を見せています。

藤井聡太さんに自身の持つ四冠獲得最年少記録を大きく更新された羽生善治九段は今回の竜王戦を振り返り「タイトル獲得にふさわしい内容でした。これからもどんな将棋を指すか楽しみにしています」とコメントを寄せました。

幼少期に祖父に将棋の手ほどきを受け、将棋にハマった藤井聡太さん。

天才と呼ばれる陰でコツコツと将棋一色の人生を歩み続け、更に昇り詰めていこうとしている藤井聡太さんの可能性はまさに未知数ですね。

藤井聡太の出身高校

藤井聡太の出身高校(偏差値・評判・学費)

藤井聡太さんは2018年4月に名古屋大学教育学部附属高校内部進学で入学し、2021年1月末に中退しています。

学校名 名古屋大学教育学部付属高等学校
学部・学科 普通科
偏差値/難度 61/高
所在地 〒464-0814
愛知県名古屋市千種区不老町
最寄駅 名古屋大学駅(名古屋市営地下鉄名城線)
学費 初年度:17万円

藤井聡太さんが名古屋大学教育学部附属高校出身であることは、名古屋大学のホームページに藤井聡太さんが将棋7段に昇段したことを掲載していることから間違いありません。

名古屋大学付属高等学校 ホームページ

 

高校を卒業する直前の2021年1月に中退したことは、2021年2月16日発信『スポーツ報知』で報道されたことから確かです。

❝日本将棋連盟は16日、藤井聡太二冠(18)=王位、棋聖=が3年生として在学していた名古屋大教育学部付属高(名古屋市)を今年1月末で自主退学したと発表した。❞
引用元:【藤井聡太二冠が3年在学中だった高校を1月に自主退学「将棋に専念したい」(スポーツ報知)】

藤井聡太さんは2020年に王位と棋聖のタイトルを2期獲得し、同年8月20日に八段に昇格したことで「将棋に専念したいという気持ちが強くなった」と語っています。

入学当時から棋士として活躍していた藤井聡太さんは出席日数が足りないことは早い段階で分かっていたでしょう。

それでもギリギリまで在学していたのは高校を卒業したかったという強い意志を感じますね。

藤井聡太は卒業1ヶ月を前に高校を中退!

藤井聡太さんは高校1年生の5月に七段に昇級。

勉強はすべて学校で済ませ、家では人工知能(AI)搭載の将棋ソフトで毎日研究に打ち込んでいました。

2020年7月に渡辺三冠を破り、史上最年少で『棋聖』のタイトルを獲得した藤井聡太さんはタイトル獲得により将棋に専念したいという気持ちが強くなります。

藤井聡太 棋聖

そして秋に『将棋に専念する』と意思を固めた藤井聡太さんは数回に渡り学校と話し合い、1月末日付で退学届けを提出しました。

中退後、藤井聡太さんは「これから数年間は強くなる上で非常に大切な時期。集中して取り組みたい」と一層将棋に精進していくとの決意を語っています。

テレビで観戦していても肌がヒリヒリするような緊張感が漂う将棋の勝負。それに耐えうる精神力、集中力を養う為には相当な鍛錬が必要なのでしょう。

後述しますが、中学時代の藤井聡太さんは中の上くらいの成績をとっていたので問題はなかったはず。

しかし、高校に進学することをためらっていた時期がありました。

対局は地方で平日に行われるため通学できるかどうか心配だったからですが、高校は卒業しておくべきだと考えたのでしょうね。

ところが高校入学したてで高校卒業できるかどうかも危ういのではないかと言われながらも、藤井聡太さんの周囲は東京大学に進学することを勧めているんだとか。

特に母親から「東大に進学しろ」と言われることに対して、「うるさいな」と愚痴っているんだそう。

棋士界では中村太地六段が早稲田大学政治経済学部、糸谷哲郎八段が大阪大学大学院文学研究科など高学歴の人もいるため、ありえない話ではないのです。

【中村太地六段】

中村太地六段

【糸谷哲郎八段】

糸谷哲郎

卒業1ヶ月前まで中退を悩みに悩んでいたとは、本当は東京大学への道も絶ちたくない気持ちもあったのかもしれません。




藤井聡太の出身中学校(偏差値・評判・学費)

藤井聡太さんは2015年4月に名古屋大学教育学部附属中学校一般入試で入学し、2018年3月に卒業しています。

学校名 名古屋大学教育学部附属中学校
偏差値/難度 58/難関
所在地 〒464-0814
愛知県名古屋市千種区不老町
最寄駅 名古屋大学駅(名古屋市営地下鉄名城線)

藤井聡太さんが名古屋大学教育学部附属中学出身であることは、同校のホームページに藤井聡太さんが将棋6段に昇段したことを掲載していることから間違いありません。

名古屋大学ホームページ

藤井聡太は中学生でプロ棋士に!

藤井聡太さんは中学1年生の10月に史上最年少(13歳2ヶ月)で三段に昇格。

私生活でも中学生離れしていた藤井聡太さんはインタビューで「どうして5分でわかることを授業で45分かけてやるんだろう」と語ったり、宿題の意味や必要性を教師に質問したりしていました。

中学2年生の時には史上最年少14歳2ヶ月でプロ棋士になります。

藤井聡太 中学時代 プロ入り

しかし、将棋の対局は平日の昼間が多い為、学校を休まなくてはならず、出席日数の問題で卒業が危ぶまれたこともありました。

中学3年生でプロ・デビューから29連勝を達成。

藤井聡太さんは高校へ進学すると時間的な制約がかなり増えることから進学を迷っています。

母親が高校への進学を強く望んでおり、藤井聡太さんも結局「これからの3年間は将棋以外でも非常に需要な時期。その中でももっと強くなることは十分可能かなと思った」と進学を決意しました。

羽生善治さんはこの時期、藤井聡太さんのことを「自分の中学生の頃よりも強い」と高評価しています。

2017年10月8日放送の『NHKスペシャル・天才棋士 15歳の苦闘 独占密着 藤井聡太』によると、藤井聡太さんの好きな科目は数学と体育で、学校の成績は”中の上”程度と語っていました。

学校では一切将棋の話しはせず、クラスメイトの女の子からは「イケメンです」と言われるとテレていたんですよ。

将棋では右に出るものはいませんが、こと異性となるとからっきしのようですね。

「将棋がないと生きていけない」とNHKスペシャルで語っていたのには、確かに藤井聡太さんにとって将棋が命くらい大事だろうと深くうなづいてしますね。

藤井聡太 中学時代

 

藤井聡太の出身小学校

藤井聡太さんは2009年4月に瀬戸市立效範(こうはん)小学校へ入学し、2015年3月に卒業しています。

学校名 瀬戸市立效範小学校
所在地 〒489-0917
愛知県瀬戸市效範町1-1
最寄駅 水野駅(名鉄瀬戸線)

藤井聡太さんが效範小学校出身であることは、テレビ愛知のFEAUTURE特集で同校出身であることを掲載していることから間違いありません。

“藤井四段が通っていた瀬戸市立效範(こうはん)小学校”
引用元:【29連勝 藤井四段の強さの秘密(テレビ愛知ゆうがたサテライト)】

藤井聡太は小学生で奨励会に入会!

藤井聡太さんは小学校1年生の時に5歳の時から通っている近所の将棋教室で初段をとるという天才ぶり。

藤井聡太 小学生時代

そして小学校1年生で棋士養成機関の東海研修会に入会します。

非常に負けず嫌いの性格で小学校3年生になってからも、対局で負けるとひっくり返って両手両足をバタバタさせていました。

当時の将棋の先生だった池田秀嗣さんが藤井聡太さんの泣き方をマネたのがこれ。

池田秀嗣

 

「気性が激しいのが分かるでしょ?」と池田秀嗣さんは語っていました。

そんな小学校3年生の頃、小学校低学年の部・全国大会で優勝し、小学校4年生で奨励会に入会。

小学校4年生で奨励会に入会してから、藤井聡太さんの将来の夢は『電車の運転士』から『棋士』に変わります。

小学校の卒業文集に「30歳までに将棋界の横綱になりたい」と書いた藤井聡太さん。

『横綱』という文言の使い方が渋いですね。

藤井聡太 幼少期

将棋を指す間は沈黙している上に動き回るわけでもないので物静かな印象の藤井聡太さんでしたが、実は内面ではメラメラと燃えるものを持っていたんですね。

藤井聡太 小学生時代

藤井聡太の出身幼稚園

藤井聡太さんは2006年4月に雪の聖母幼稚園へ入学し、2009年3月に卒園しています。

学校名 雪の聖母幼稚園
所在地 〒489-0871
愛知県瀬戸市東長根町91
最寄駅 新瀬戸駅(名鉄瀬戸線)

藤井聡太さんが雪の聖母幼稚園出身であることは、毎日新聞の2017年7月24日の東京朝刊で同園出身だと掲載されていることから間違いありません。

“藤井四段が通った愛知県瀬戸市の「雪の聖母幼稚園」”
引用元:【モンテッソーリ教育 自由に行動できる環境を(毎日新聞)】

藤井聡太は幼少期から天才だった!

藤井聡太さんが将棋を始めるきっかけは、近所の老人クラブで将棋を指していた祖父に教えてもらい、祖母に将棋セットを買って貰ったことでした。

祖父も驚くほど将棋にハマった藤井聡太さんは毎日の様に祖父の家に押しかけ、将棋をせがみます。

藤井聡太 幼稚園時代

藤井聡太 幼少期

祖父は藤井聡太さんを老人クラブに連れて行き将棋をさせますが、老人クラブが子供の同伴を禁止したため、藤井聡太さんは近所の将棋教室の門を叩くことになりました。

将棋教室の入会時、藤井聡太さんは500ページにも及ぶ将棋本を貰い、5歳で読めない字も多い中、符号を頼りに1年後には将棋本の全てをマスターしています。

藤井聡太 幼少期

藤井聡太 幼少期

藤井聡太さんはみるみるうちに天才としての頭角を現し、1年間で20級から4級までという驚きの昇級を見せました。

藤井翔太さんの通っていた『雪の聖母幼稚園』は『モンテッソーリ教育』で有名です。

藤井聡太 幼稚園時代

『モンテッソーリ教育』とはマリア・モンテッソーリにより確立された教育法で、児童全員に横並びの教育をするのではなく、児童に各々自分のやりたいことを選ばせ納得するまでやらせるというもの。

藤井聡太さんがのびのびと将棋の才能を活かせたのもこの教育法の影響ではという声もありました。

また藤井聡太さんの幼少期のお気に入りのおもちゃが『キュボロ』という積み木の様な知育玩具だったことも藤井聡太さんの天才的頭脳に関係があるのではという声も。

キュボロ

藤井聡太 テレビ

いずれにしても、藤井聡太さんの頭脳が並外れて優秀なのはここまでで疑う余地はありません。

天才は何をしても天才だったのでは、と思うのは凡人の浅知恵でしょうか…。

藤井聡太 将棋教室

笑うと目がなくなる可愛い笑顔は今も変わりませんね。

藤井聡太 幼少期

藤井聡太 藤井皓介 幼少期

藤井聡太 幼少期

藤井聡太の学歴・経歴まとめ

藤井聡太

ここまで藤井聡太さんの学歴と主な経歴について見てきましたが、小学生で奨励会に入会し、中学生でプロ棋士になっていたことが分かりました。

勉強は学校ですべて済ませ、家では将棋に集中するなど藤井聡太さんは必死に学業と将棋の両立を目指していたのですね。

残念ながら高校は3年生で中退という形になりましたが、藤井聡太さんの頭の良さ、勤勉さはその言葉や振る舞いの端々から窺えます。

五冠を目指し、更に上を目指していく藤井聡太さんのこれからの活躍から目が離せません。