古市憲寿

歯に衣着せぬ発言で何度も炎上させている古市憲寿さんですが大学院で学歴ロンダリングをしていると噂されていますが、どこの高校や大学、大学院を卒業しているのでしょうか?

昔の画像や学生時代のエピソードも併せた学歴情報をお届けします!

古市憲寿の大学院

古市憲寿 大学院

古市憲寿さんは東京大学大学院・総合文化研究科・国際社会科学専攻相関社会科学コース修士課程2007年4月に入学し、2018年東京大学大学院・総合文化研究科博士課程に在籍中です。

【大学院の住所】
〒153-8902
東京都目黒区駒場 3-8-1

2012年の27歳の時の画像ですが、テレビに出演しているときの古市憲寿さんはメガネはかけていないので新鮮に見えますね。メガネをかけていると中性的でこんな女の人いそうです。

2007年に東京大学大学院修士課程に入学した古市憲寿さんですが、修士課程を修了したのは2010年3月の可能性があります。(※通常であれば2009年3月)

修士課程を1年遅れて修了したと思われる理由は2点あるのですが、1つは古市憲寿さんのつぶやきからです。

期限通りに論文を提出していれば、ぼやくこともないと思われます。

東京大学大学院の修士論文の提出期限は12月で、つぶやきも12月であることから、「融通してくれなかったな」と数年前を思い出している様子ですね。

ちなみに、2010年11月29日配信の慶應義塾大学のホームページで紹介された古市憲寿さんのプロフィールには『東京大学大学院博士課程』と書かれていることから2010年3月までには修士課程を修了ということになります。

もう1点の理由は、2018年3月時点で博士課程を修了していないということです。

『東京大学大学院学則』第27条と第29条によると博士課程の年限(在籍できる期限)は6年で、休学3年をあわせても9年までしか在籍できません。

となると2009年に修士課程を修了になれば2018年3月が博士課程修了のリミットになってしまうのです。

古市憲寿さんが大学院に10年以上在籍していることを気にかけている人もいるので、中退すればどこかのメディアが記事にするはずですが、まだ何も報道されていないことから在学中であり、2019年3月に修了か中退か決着がつくでしょう。

2016年4月2日配信の『BESTTIMES』で古市憲寿さんが『30問30答』というインタビューを受けた時に、東京大学大学院総合文化研究科に進学した理由を語っていました。

大学院に進学しようと思ったのは、大学でお世話になった長谷部葉子先生に「古市くん、東大の大学院に行った方がいいんじゃない?」と言われたからなんだそう。

慶應義塾大学 長谷部葉子先生

もともと同じ時間に同じ場所に行って仕事をする一般企業に就職をするつもりは無かったのですが、長谷部葉子先生にそう言ってもらうまでは、大学の友人が起業したベンチャー企業に就職するつもりでいたんですよ。

結局、大学院ならベンチャー企業と両立できるだろうと大学院に進学することにしました。

しかし、先生に言われたからと言って簡単に東京大学大学院に入れるものでもないので、古市憲寿さんはやっぱり頭脳明晰なんですね!

古市憲寿の学歴ロンダリング疑惑!

古市憲寿さんが最終学歴を『東京大学』にして学歴ロンダリング(学歴の見栄えを良く)をしているのではないかと噂されていますが、それは違います!

学歴ロンダリングは低い偏差値の学校に行っていたことを隠すために高い偏差値の学校に進学することで帳消しにするものですが、古市憲寿さんは慶應義塾大学に行っていたことから、学歴ロンダリングする必要がないのです。

ですが噂になるにも理由があって、東京大学大学院総合文化研究科の人気がなく、2016年秋には募集をしなくなった(廃科になった)ことから、入学しやすい学科を選んでいたのではないかと誤解されたのでしょう。

古市憲寿さんは大学2年生のときにたまたま履修した小熊英二先生の授業を取ったら面白くてハマった経緯があり、社会学が学べる総合文化研究科を選んだんですよ。

小熊英二

一方、東京大学大学院の人数約3200人は東京大学の人数約2900人よりも300人ほど多く、東京大学から大学院に進学するのは約50%の約1500人と言うことから、外部の大学から約1700人が毎年入学します。

つまり、東京大学に合格するよりも東京大学大学院に合格するほうが容易であるとも言えるので、慶應義塾大学の長谷部葉子先生は知っていてアドバイスしてくれたのかもしれませんね。

ちなみに、古市憲寿さんの修士論文のテーマ名は明らかになっていませんが、2010年8月17日発売の修士論文を元にした新書『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』は2011年新書大賞7位になりました。

内容は”世界平和を夢見てピースボート(世界を回ることで国際交流を図る船)に乗り込んだ若者が、同じ考えの仲間と出会えたことで意気投合し、そこに満足してしまって世界平和などどうでも良くなってしまった”というものでしたが、この出版をきっかけにコメンテーターとしてテレビに出演するようになったんです。

大学院時代のエピソード

修士課程を修了し、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(研究所の研究員) に就任した古市憲寿さんは、他にも2013年に安倍内閣の経済財政動向等についての集中点検会合委員や2014年内閣官房クールジャパン推進会議メンバー、2017年、厚生労働省の多様な選考・採用機会の拡大に向けた検討会委員など様々な役職に就いています。

古市憲寿が炎上発言する理由はアスペルガー?

番組内の古市憲寿さんの発言が度々ネットで炎上しているんですよ。

松本人志さんの発言が毎回ヤフーニュースになるほど人気の番組『ワイドナショー』に2014年10月5日放送分からコメンテーターとして不定期で登場していますが、炎上発言を繰り返しているのは発達障害である『アスペルガー症候群』だからではないかと噂されているんです。

古市憲寿 ワイドナショー

確かに発言した内容で不快な思いをする人がいることに気づかないのかと思われる発言はありますが、アスペルガー症候群の人がテレビでコメントすることは不可能に近いので古市憲寿さんはアスペルガー症候群ではありません。

ですが実際、下記のように耳を疑うような発言をワイドナショーでしています。

  • 2014年10月26日放送
    「子どもは汚いから嫌い」「男女交際の行為も汚い」発言
  • 2015年3月31日放送
    アスリート同士の結婚で生まれてくる子どもは運動神経の優れている調査に対し、「なぜ長嶋一茂氏の子どもはダメだったんですか?」と発言
  • 2016年1月1日放送
    ウエンツ瑛士さんの写真を見て「ハーフは劣化するのがはやい」と発言
  • 2017年10月1日放送
    「コンビニでは電子マネーを使うべきで、現金を使うのは頭が悪い」と発言
  • 2017年11月12日放送
    「安室奈美恵を神格化して誉めすぎなのは気持ちが悪い」と発言
  • 2017年11月12日放送
    「ただの茶髪でめがねを掛けたペ・ヨンジュン1人で韓国ブームになった」と発言

ワイドナショー以外でも2016年『ネット党首討論』では古市憲寿さんが司会を務めていた時のゲスト・小沢一郎氏に「再婚相手は見つかりましたか?」と発言して炎上。その上、小沢一郎氏を激怒させてしまいました。

古市憲寿 小沢一郎

さらに2017年11月9日放送『とくダネ!』で放送されたんニュース、“2017年3月にてるみクラブが破産した際の就職内定者をアディーレ法律事務所が全員受け入れたが、同年10月にアディーレ法律事務所が業務停止”という内容に「内定者の見る目がなかった」との発言には、あまり感情を出さない?アシスタントの海老原優香さんを激怒させることになってしまいました。

海老原優香アナ てるみクラブ 古市憲寿 激怒

まだこれはほんの一部で、意図的に炎上させているとしか思えませんが、古市憲寿さんはあえて奇をてらった発言で問題提起をしているのかもしれませんね。

古市憲寿の保育園義務教育化論

2015年7月1日発売の書籍『保育園義務教育化』で日本の少子化対策の解決になるのではないかと問題提起した古市憲寿さん。

古市憲寿 保育園義務教育化

元は友達や妹が子どもを産んだことがきっかけで、日本の母親は人権が認められていないのではないかと思ったんだそう。

赤ちゃんを見る眼差しに愛おしさを感じて、とても子どもが嫌いだとは信じられませんよね。

3歳までは母親が専念して子育てしないと子どもに悪影響がある『3歳児神話』は1998年版『厚生白書』で合理的根拠がないとされているにもかかわらず、まだまだ根強く浸透していて幼い子供を預けて働く母親は非情であるかのような目で見られてしまう。

保育園義務教育化すれば、必ず子どもを預けることができ、働きたくても働けない母親の環境を改善できると言うものでした。

また、保育園から学習をさせれば、将来高学歴で優秀な人材を増やせ、国家レベルで生産性も高まると言うもの。

教育に税金を投資すれば1億円の税金を納めてくれる人が現れる可能性が高まるが、投資をケチれば1億円の生活保護を受ける人が現れる可能性が高くなるとも語っていたことにはとても共感し、古市憲寿さんは炎上発言は多いけれども正当な社会学者だったんだと認識させてくれました。

【主な卒業生】

  • 箱崎みどり(アナウンサー)
  • 寺尾紗穂(歌手)
  • 永谷裕香(アナウンサー)

古市憲寿の大学

古市憲寿 20歳 ノルウェー留学

古市憲寿さんは慶應義塾大学・環境情報学部(偏差値:71 入試難度:高)2003年4月に入学し、2007年3月に卒業しています。

【慶應義塾大学環境情報学部の住所】
〒252-0882
神奈川県藤沢市遠藤5322

古市憲寿さんが大学3年生にノルウェーに留学した時の画像ですが、茶髪のメッシュだったとは今とずいぶん違ってかなりチャラいですよね…。

古市憲寿さんが慶應義塾大学を卒業していることはSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)のサイトの『SFCスピリッツ』にも掲載されています。

慶應義塾大学環境情報学部は都心から離れた場所にあることで総合政策学部と一つの大学のようになっていて、それぞれの授業を自由に受けることができます。

政治、経済、文学、社会学から建築、バイオ、プログラミング、デザイン、芸術まで多岐に渡って学ぶことができると人気が出てきて、偏差値的には東京大学に合格できる人でも環境情報学部を希望して入学してくる人もいるんですよ。

慶應義塾大学環境情報学部の初年度納入額は1,561,350円で、文部科学省による私立大学平均額1,316,816円と比べると約245,000円ほど高めです。

古市憲寿さんの大学の卒論のテーマは『ノルウェーの育児政策』で、2005年に交換留学生としてノルウェーのオスロ大学に1年間留学したことからヒントを得ました。

大学生時代のエピソード

今や社会学者の代表のような立場になっている古市憲寿さんですが、大学2年生までは建築やデザインの授業ばかりを取っていたんだとか。

それがたまたま空いた時間を埋めるために取った『近代史』の小熊英二先生の授業が新鮮だったんだそう。

高校までで学んだはずの歴史も社会学を通すと違って見えることが楽しくて社会学にのめり込み、埼玉の実家からSFCまで片道2時間半の通学時間を使って、社会学の本を読みあさったと語っていました。

古市憲寿さんは大学3年のときにノルウェーに1年留学しましたが、その理由は就活から離れたかったからで、ノルウェーにしたのも勉強が楽そうだったからなんですって!

楽に留学の箔がつく、“コストパフォーマンス”が良かったのでしょう。

実際、週3日の授業で予習復習もなく楽だったからヨーロッパを旅行していた留学生活だったんですよ。

アメリカコロンビア大学大学院に留学をした小泉進次郎さんは勉強についていくために睡眠時間が3時間だったことからするとかなり違いがありますね。

→小泉進次郎の高校や大学の学歴まとめ!野球部時代の画像がイケメン!

古市憲寿さんのお誕生日に小泉進次郎さんがお祝いしてくれたとインスタグラムに載っていたので、そんな留学時代の話もしていたことでしょう。

【主な卒業生】

  • トリンドル玲奈さん(タレント)
  • 水嶋ヒロさん(俳優)
  • 一青窈さん(歌手)

古市憲寿の高校

古市憲寿 越谷北高校

古市憲寿さんは埼玉県立越谷北高等学校(偏差値:66~67 入試難度:難関2000年4月に入学し、2003年3月に卒業しています。

【高校の住所】
〒343-0044
埼玉県越谷市大泊500-1

越谷北高校のホームページに卒業生として古市憲寿さんが『頼れない国でどう生きようか』の本を出版したことを紹介されていたことから、古市憲寿さんが越谷北高校であることは間違いないですね。

古市憲寿 越谷北高校 ホームページ

高校生時代のエピソード

高校時代はホラー小説を片っ端から読んでいるような学生で、自らのことを“地味な人間”とつぶやいていた古市憲寿さんは、友達に対して恐怖を感じていた様子。

高校生にとって一番興味深い男女交際 について「行為が汚い」と思っている古市憲寿さんと共感できる人はほとんど居なかったと思われますが、卒業アルバムの題名が『友達』であったことに「恐ろしくてすぐに閉じた」とつぶやいていたんですよ。

自分と意見が違うことに違和感を感じても恐ろしさは感じないと思いますが、高校生の時から炎上発言は顕在だったのかもしれませんね。

いっぽう大学入試や受験勉強のことについて2016年4月配信の『BESTTIMES30問30答』で語っていたのですが、古市憲寿さんが慶應義塾大学環境情報学部を選んだ理由は“いろんなジャンルが網羅されていて自由が利く”と言うことでした。

法学部や経済学部など専門性の高い学部に入学してしまうと途中から変更することができませんが、慶應義塾大学環境情報学部は色んなジャンルが網羅されている=事実上学科がないので、自由が利くことに魅力を感じたんだそう。

SFCは日本初のAO入試(高校までの学業や課外活動などの総合評価と当日の小論文・面接などで合否を決める入試方法)を採用した学校で、古市憲寿さんはそれを利用して入学しました。

世間的にAO入試を軽く見る傾向がありますが、入学してから学ぶ内容は同じ。 古市憲寿さんは一般入試で合格するために塾や家庭教師などのコストを掛けて入学するよりもAO入試のほうがコスパが高いと合理的に考えたのということでしょう。

古市憲寿さんは合理的に物事を判断できる人なんですね。

AO入試で有利になるためには受賞歴が大事だとコンクールを探していたのですが、作文や論文になると文字数をたくさん稼がないといけないので、『詩』を選んだんだとか。

古市憲寿さんはコストパフォーマンスを重視しますが、最小限の労力で最大の結果を得ようとする姿勢がここまで徹底されていると、清々しく感じますよね。

【主な卒業生】

  • 佐藤健(俳優)

古市憲寿の中学校と小学校

古市憲寿さんは中学校を1997年4月に入学し、2000年3月に卒業。小学校を1991年4月に入学し、1997年3月に卒業しています。

古市憲寿さんの出身中学校・小学校がどこなのかは明らかにされていませんが、越谷北高校の学区(2004年に学区廃止)が旧8学区南部であることから下記の6市町にある学校のいずれかに通っていたはずです。

  • 草加市
  • 越谷市
  • 八潮市
  • 三郷市
  • 吉川市
  • 松伏町

新たな情報があがってきましたら、ここに追記していきます。

中学校・小学生時代のエピソード

小学校・中学校は不登校気味で、学校に行きたくなかったと『30問30答』で語っていたのですが、勝手に決められたクラスメイトと仲良くしなければならない理不尽さに違和感を感じていたんだそう。

公立小学校・中学校の場合は地域と生まれた年だけで区切られているので、気の合う友達がクラスにいればいいですが、古市憲寿さんのように異色の人には苦痛でしかなかったのでしょうね。

小学校5年生になると「学校を自分の居心地の良い場所に変えれば良いのではないか」ということに気づき、クラスの意識をコントロールする方法を考えついたんだそう。

それは当時のクラスで良い行いをした人に発行する“ポイント制”を利用して、クラス新聞にネタを提供してくれた人にもポイントを発行することを許可して欲しいと交渉しに行ったんだとか。

そうして古市憲寿さんは新聞係になり、ポイントを発行できる立場を得、クラス内世論を操作できるようになったんですよ!

大人でも世論をコントロールしようと思える人は少ないのにもかかわらず、小学生でやってのけるとは伝説になりえると思います。

クラス内を操作できるようになってはいましたが、それでもまだ学校に行く意味がないと思っていました。

それは学校には行かずとも、春休みに1年分の教科書の読み込みとワークは済ませていたので、たまに登校してテストを受けても学年トップになることもあったんだとか。

教科書を読んだだけで全て理解できてしまっていたら、学校に行く意味がないと思うのは当然でしょう。

古市憲寿さんの言動があまりにも直球過ぎて炎上に次ぐ炎上を引き起こしていますが、よくよく聞いてみるとちゃんと筋が通っていてなるほどなと思わせる事が多々ありました。

ただ、言い方によっては悪く取られてしまうことがあると頭の良い古市憲寿さんも分かっているはずで、それも古市憲寿さんの表現方法だと思えば、楽しませてもらえそうだなと思います。

多方面からのバッシングにも負けず今後も炎上発言を期待しています!