濱田祐太郎

ほぼ全盲の漫談家で第16代R-1ぐらんぷり王者に輝いた濱田祐太郎さんですが、出身高校や中学はどこなのでしょうか?

盲目になった理由についてと、昔の画像や学生時代のエピソードも併せた学歴情報をお届けします!

濱田祐太郎の出身大学

濱田祐太郎さんは大学に進学していません。

濱田祐太郎さんは2012年4月にNSC(吉本総合芸能学院)大阪校に入所し2013年3月に卒業しています。

濱田祐太郎のNSC(吉本総合芸能学院)時代のエピソード

中学の頃からの夢でお笑い芸人になるために約1年間マッサージのアルバイトでお金をためて、NSC(吉本総合芸能学院)大阪校35期生として入所したことから、大学には進学しませんでした。

濱田祐太郎 NSC

NSC(吉本総合芸能学院)に在学していた頃の画像ですが、吹き出す3秒前のように笑いを我慢しているようですね。誰かのコントを聞いているのかもしれません。

当時のNSC(吉本総合芸能学院)は定員が50~60人のところ、志願者が3500人で倍率58.3倍もの狭き門でした。

テレビの初出演は、2013年6月28日放送のバラエティ『バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』。

濱田祐太郎 テレビ バリバラ〜障害者情報バラエティー〜

当時23歳だった濱田祐太郎さんはすこしふっくらとしていて、イケメンなのにお腹にしか目が行きませんね。

同番組は障害者をテーマにしたNHK・Eテレのバラエティ&情報番組ですが、アナウンサーが「障害者に関する対して役に立たないニュースをお伝えします。」と発言するなど、今までにないブラックユーモアを含んだ番組構成になっています。

実は、濱田祐太郎さんはアマチュア時代の2012年3月20日のR-1ぐらんぷりで『素人はまだ』の名前で準決勝進出を果たしていたんですよ。

濱田祐太郎 素人はまだ R-1ぐらんぷり2012

23人中アマチュアは濱田祐太郎さんただ一人だけで、22人はよしもとクリエイティブ・エージェンシーか松竹芸能所属だったんです。お笑いを勉強する前から才能があったんですね。

それから6年後の2018年3月6日、濱田祐太郎さんは第16代R-1ぐらんぷりで優勝し王者になりました!

濱田祐太郎 R-1優勝

努力の6年間はかなり長いですが、実になって本当に良かったですよね。

審査の結果は画面で映し出されるため、濱田祐太郎さんは確認することができなかったのを同じステージに立っていた紺野ぶるまさんが濱田祐太郎に耳打ちしてあげたのですが、それが神対応だったということでも話題になりました。

濱田祐太郎 R-1 紺野ぶるま

→紺野ぶるまの出身校や偏差値は?ガングロな高校時代の画像と意外なデビューのキッカケ!

紺野ぶるまさんと濱田祐太郎さんが仲が良いことから彼女ではないかという噂が立ちましたが、2018年5月5日放送の『おかべろ』でR-1ぐらんぷりの後に彼女ができたと語っていたことから紺野ぶるまさんは濱田祐太郎さんの彼女ではありませんでした。

また、同番組でギターを披露していたのですが、司会の岡村隆史さんが聞き入ってしまうほどの実力で、「漫談の途中にギターを弾いたら、それでライブが出来上がっているやん!」と言われていたんですよ。

濱田祐太郎 テレビ おかべろ

今後、ギターを弾いた濱田祐太郎さんを見る機会が増えるかもしれませんね。

濱田祐太郎の同級生

濱田祐太郎の出身高校

濱田祐太郎 兵庫県立視覚特別支援学校

濱田祐太郎さんは2005年4月に兵庫県立視覚特別支援学校・保健理療科へ入学し、2010年3月に卒業しています。

学校名 兵庫県立視覚特別支援学校
学科・コース 高等部・保健理療科
偏差値
入試難度
所在地 〒655-0884
兵庫県神戸市垂水区城が山4丁目2−1
公式HP http://www.hyogo-c.ed.jp/~kenritsu-svn/

濱田祐太郎さんが立視覚特別支援学校出身であることは、2018年4月24日発信の『日本経済新聞』に同校出身であることが掲載されていたことから間違いありません。

“中学校卒業後は兵庫県立視覚特別支援学校へ進学”
引用元:【盲目の日常にネタ潜む 漫談家 浜田祐太郎さん(もっと関西)(日本経済新聞)】

同校の専攻科に進学したとも言われていますが、専攻科は高校卒業後に入学する科であり、濱田祐太郎さんは中学卒業後に入学する保険理療科に入学しました。

濱田祐太郎の高校生時代のエピソード

兵庫県立視覚特別支援学校で濱田祐太郎さんは5年間寮生活を送り、18歳の時にはあん摩マッサージ指圧師資格、21歳の時に鍼灸師資格を取得しました。

お笑い芸人になるにしても、下積み時代が長いかも知れないことを考えての資格取得だったのでしょう。

あん摩マッサージ師、鍼師、きゅう師の資格試験の合格率はおおよそ7割から8割程度と高いですが、それまでに学校でしっかりと勉強しないと合格できないので、濱田祐太郎さんは努力家で堅実派ですね。

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濱田祐太郎の出身中学校

濱田祐太郎さんは2002年4月に中学校に入学し、2005年3月に卒業しています。

濱田祐太郎さんの出身中学校がどこなのかは明らかにされていませんが、神戸新聞NEXTで❝兵庫県川辺郡猪名川町の中学校を卒業した❞と報じられていましたので、下記の中学校のいずれかに通っていたと考えられます。

  • 猪名川町立中谷中学校
  • 猪名川町六瀬中学校
  • 猪名川町猪名川中学校

候補の中でも寄せられた情報から猪名川中学校が有力ですが、確定的な情報が分かり次第こちらに追記していきます。

濱田祐太郎の中学生時代のエピソード

2018年4月24日発信の『日本経済新聞』のインタビューによると、中学時代はほとんど学校に通っていなかったと語られています。

もともと集団生活には不向きな上に視覚障害もあったため、入学して半年もしないうちに引きこもるようになってしまいました。

家ではテレビでお笑いばかりを聞いていたと言いますから、自然とお笑いのセンスを磨いていたことになりますね。

濱田祐太郎の出身小学校

濱田祐太郎さんは1996年4月に小学校に入学し、2002年3月に卒業しています。

濱田祐太郎さんの小学校の情報は明らかにされていませんが、❝兵庫県川辺郡猪名川町❞の小学校を卒業したと神戸新聞NEXTで報道されていたことから考えて、下記の小学校のいずれかに通っていたと考えられます。

  • 猪名川町立猪名川小学校
  • 猪名川町立楊津小学校
  • 猪名川町立大島小学校
  • 猪名川町立松尾台小学校
  • 猪名川町立白金小学校
  • 猪名川町立つつじが丘小学校

候補の中でも寄せられた情報から白金小学校が有力ですが、分かり次第追記していきます。

濱田祐太郎の小学生時代のエピソード

濱田祐太郎さんは小学校6年生の時にテレビでビッキーズとハリガネロックのしゃべくり漫才を聴いてお笑いに夢中になったことがキッカケでした。

【ビッキーズ】

ビッキーズ

【ハリガネロック】

ハリガネロック

ビッキーズは2007年に解散し、すっちーさんは吉本新喜劇の座長を務めていますが、芸風が共演者をいじりるものです。

すっちー

2018年3月9日発信の『スポーツ報知』によると濱田祐太郎さんは吉本新喜劇に出演することも前向きで、すっちーさんに「どんどんいじって欲しい」と語っていました。

障害者のことをいじるのはとてもナイーブで難しいところですが、吉本新喜劇ではアゴが長い辻本茂雄さんを「アゴ(トビウオ)出汁」や「ペリカン」などと言っていじり笑いを取るので、濱田祐太郎さんのことも上手くいじってくれること間違いなしですよね。

辻本茂雄

濱田祐太郎の盲目の原因は?

濱田祐太郎さんの盲目の原因は“先天性緑内障”と言って生まれつき眼圧が高い病気です。3万人に1人の発症率で、手術をしても一生治療が必要な難病。

濱田祐太郎さんは左目は全盲でも右目は明るさは分かるので“弱視”になるんだそう。

日本小児眼科学会によると先天性緑内障は遺伝子の変異が原因なのですが、遺伝性はありません。

濱田祐太郎さんはカラコンをしたように黒目が大きいですが、それも先天性緑内障の症状の一つなんだそう。

もしも濱田祐太郎さんに見つめらるようなことがあったとしたら、濱田祐太郎さんには見えていなくとも黒目が大きいと恥ずかしくなってしまいますね。

濱田祐太郎の学歴まとめ!

濱田祐太郎

【調査中】幼稚園 保育園
入園年月 1993年4月
卒園年月 1996年3月
【未確定】小学校
入学年月 1996年4月
卒業年月 2002年3月
【未確定】中学校
偏差値 入試難度
入学年月 2002年4月
卒業年月 2005年3月
兵庫県立視覚特別支援学校・高等部・保健理療科
偏差値 入試難度
入学年月 2005年4月
卒業年月 2010年3月
大学
偏差値 入試難度
入学年月
卒業年月 進学せず

ほぼ全盲のハンデを物ともせず、お笑いをしたいという夢に向かってアルバイトでNSCの資金を溜めた意志の強さに感動しました。

R-1ぐらんぷりで優勝した才能があるのですから、更にその才能を開花させてもらいたいと思います。