岡副麻希

黒すぎるキャスターと呼ばれ、桐谷美玲さんに似ていると評判の岡副麻希さんですが、どんな学生だったのでしょうか?

そんな彼女の出身校や偏差値などの経歴情報と共に、卒アル画像や芸能界へデビューしたキッカケをご紹介します!+

岡副麻希さんはどこの学校を卒業したのでしょうか?家族構成などのプライベートな情報とともに見てきましょう!

岡副麻希のプロフィール

岡副麻希

芸名:岡副麻希(おかぞえまき)※本名同じ
愛称:まきちょ

生年月日(星座):1992年7月29日(かに座)
血液型:A型
出身地:大阪府富田林市

所属:セント・フォース
職業・ジャンル:アナウンサー
活動期間:2012年~

趣味・特技:水泳・サーフィン・ピアノ
SNS:ツイッターフェイスブック
家族:未婚

<主な出演作品>

  • 2014年9月29日~2016年4月1日放送の情報番組『めざましテレビアクア』スポーツ・お天気コーナー
  • 2014年9月29日~2015年3月放送の情報番組『めざましテレビ・MORE SEVEN』リポーター
  • 2016年9月28日~2017年9月29日放送の情報番組『めざましテレビ』スポーツキャスター
    ほか

岡副麻希の経歴~デビューのキッカケ~

岡副麻希さんは高校2年生の時に小林麻耶さんに憧れたことがキッカケでした。友人に紹介されて大学4年の時の2014年にセント・フォースに入所しデビューしました。

このことは、日本経済新聞社と日経BP社が共同運営しているサイト『NIKKEI STYLE』で語っています。

”アナウンサーに興味を持ったのは、高校2年の時です。小林麻耶さんに憧れて、「テレビのお仕事をしたい」と思うように。”
引用元:【岡副麻希 日焼けして応援した母校のペンで気分上げる(NIKKEI STYLE)】

小林麻耶さんは可愛らしく魅力があるのでファンになるのも分かりますね!

小林麻耶

タレント(キャスター)としてのデビュー作は、2014年9月29日放送『めざましテレビ アクア』でした。

岡副麻希 めざましテレビ キャスター

画像は2014年10月1日のほぼデビューしたときのものですが、当時22歳だった岡副麻希さんは、結構黒いですよね!

なぜこんなに黒いのかと言うと、サーフィンが趣味だからなんです。

岡副麻希 サーフィン

キャスターをするなら日に焼けないようにするのが常識のように思いますが、岡副麻希さんはキャラ付けのためにあえて気にしないのでしょうね。

岡副麻希の家族構成

岡副麻希さんには兄弟姉妹はいるのでしょうか?両親の情報とともに見ていきましょう!

岡副麻希の父親

名前:岡副(名前不明)
生年月日:不明

岡副麻希さんの父親は一般人のため、情報はほとんどあがってきていませんが、公務員であるとの噂はあります。

『岡副』という名前は珍しいですが、三重県に多くの岡副さんがいるんですよ。

また、岡副麻希さんが幼稚園の頃、父親は教育熱心で右脳教育が大事だと3つの塾に通わせていたという情報もありました。

大阪府は47都道府県の中でも学力テストで常にワースト3に入るため、岡副麻希さんの両親は積極的に塾に行かせていたのでしょう。

幼稚園で3つの塾をかけもちするとは、かなり多いですよね。

岡副麻希の母親

岡副麻希 母親 岡副ひとみ

名前:岡副ひとみ(おかぞえひとみ)
生年月日:1968年(月日不明)

岡副ひとみさんの職業は分かっていませんが、「手先が器用で色んな物を手作りしてくれた」と岡副麻希さんが『NIKKEI STYLE』のインタビューに答えていました。

”子どもの頃から、手芸が好きな母が、ポーチやバッグ、ピアスなど、いろんなものを頻繁に作ってくれたんです。私がボロボロになるまで同じものを使い続けるので、それに気づくたびに新しいものを作ってくれる(笑)。今回持ってきたのは、その一部です”
引用元:【岡副麻希 日焼けして応援した母校のペンで気分上げる(NIKKEI STYLE)】

これは電子辞書入れですが、パッチワークをしたあとにステッチを掛けるなど小さいけれどとても手のこんだ細工がしてあって、岡副麻希さんは大切に大切に使っていました。

岡副麻希 母親 岡副ひとみ 手作り 電子辞書入れ

手作りのものは温かみがあって、既成品とは違いますよね。

また毎日LINEをして恋愛のこともオープンに話し、ペアルックを楽しむ親友みたいな親子です。

岡副麻希 母親 岡副ひとみ ペアルック

ちなみに、岡副麻希さんは母親が24歳の時の子供でした。

岡副麻希の兄弟姉妹

岡副麻希さんはひとりっ子でした。2016年6月21日放送の『今夜くらべてみました』に出演した時に語っています。

岡副麻希 ひとりっ子

女性のひとりっ子はお嬢様として育てられるのでプライドが高いイメージでしたが、岡副麻希さんは「あなたはセント・フォースらしくない」といじられてもニコニコ笑っているのが意外でしたね。

岡副麻希の出身校と偏差値

岡副麻希さんはどんな学生だったのでしょうか?通っていた小学校や中学校、高校や大学はどこなのか、偏差値の情報もあわせてご紹介します!

岡副麻希の大学と偏差値

岡副麻希 早稲田大学 卒業式

岡副麻希さんは早稲田大学・文化構想学部・文芸ジャーナリズム論争(偏差値:60.0~67.5 難易度:高)2011年4月に入学し、2015年3月に卒業しています。

【大学の住所】
〒162-8644
東京都新宿区戸山1-24-1

岡副麻希さんは『早稲田大学水泳同好会』と『SIX BEAT』にも所属していて、『早稲田大学水泳同好会』では『水球』、『SIX BEAT』では『フィンスイミング』という足にフィンを付けて泳ぐ競技に参加していました。

フィンスイミングは大学に入ってからはじめたということですが、わずか3年で2012年5月17日開催『第24回フィンスイミング日本選手権』の女子1500mビーフィン部門で見事優勝しています。

ビーフィン

※画像はイメージで、岡副麻希さんではありません。

水泳経験者は多くいるので強豪もいたと思われますが、岡副麻希さんは頑張り屋さんなんですね。

水球とフィンスイミングの他にも『遠泳』もしていたとの情報があがっています。

また、岡副麻希さんを芸能界ともっと近づけたのが、『早稲田コレクション2011』でした。

早稲田コレクションとは、早稲田の学生デザイナーと学生モデルがコラボして”おしゃれで華やかな個性あふれる早稲田生”を発信するファッションショーです。

岡副麻希さんはそのモデルとしてエントリーしていたんです。

岡副麻希 早稲田コレクション

ちょっと黒めですが、驚くほどではないですよね。

早稲田コレクションは、2008年新宿アルタ、2009年池袋サンシャイン、2010年赤坂サカスと有名な場所でイベントしているんですよ。

2010年はTBSともコラボレーションしていて、局こそ違えど岡副麻希さんとテレビ局の接点はここにもあったのですね。

早稲田コレクションではありませんが、もっと白い岡副麻希さんの画像もあるんですよ!

岡副麻希 

色が白いだけでかなり印象が変わりますね。

岡副麻希 モデル

この画像になると、色が黒いとは無縁のように思います。

岡副麻希の高校と偏差値

大阪桐蔭中学校・高等学校

岡副麻希さんは大阪桐蔭高等学校・進学コース(偏差値:41.0~69.0 難易度:高)2008年4月に入学し、2011年3月に卒業・中退しています。

【高校の住所】
〒574-0013
大阪府大東市中垣内3丁目1番1号

高校2年の時に小林麻耶さんに憧れてアナウンサーになりたいと思ったことから、理系から文系に進路を変更した岡副麻希さん。

物理・化学選択から日本史選択に変更したのですが、なかなか勉強する気になれなくて歴史小説を読み始めました。

それが面白くてハマってしまって、特に高橋克彦さんの作品が大好きなんだとか。

高橋克彦

リケジョがレキジョに進路変更したというわけですね。

高校の時にイケメンの彼氏がいたのですが、高校3年生で別れてしまったんです。

岡副麻希 高校3年生 彼氏 別れ

岡副麻希さんは早稲田大学進学で東京に上京するので、大阪との遠距離恋愛は難しいと感じて別れを選んだのでしょう。

岡副麻希の中学校と偏差値

岡副麻希さんは大阪桐蔭中学校(偏差値:68.0 難易度:高)2005年4月に入学し、2008年3月に卒業しています。

【中学校の住所】
〒574-0013
大阪府大東市中垣内3丁目1番1号

365日ほぼ毎日休みなく勉強で、中学入学の頃は学校がそんなに好きではなかった岡副麻希さんでしたが、通っているうちにだんだんと『愛校心』が湧いてきたんです。

大阪桐蔭中学校・高等学校は野球の強豪校で甲子園の常連校なのですが、応援しているうちに更に母校愛が膨らんでいったとか。

学生時代は母校の名前が入ったグッズばかりを使っていたので、今も大阪桐蔭ペンを見ると元気が出ると語っていました。

岡副麻希 大阪桐蔭 ペン

富田林市から大阪桐蔭中学校まではバスや電車で1時間半くらいかかるので、通うのは大変だったと思います。しかも休み無しとなれば、健康管理も大変だったのではないでしょうか。

岡副麻希の小学校

岡副麻希さんは小学校を1999年4月に入学し、2005年3月に卒業しています。

岡副麻希さんの小学校の情報は明らかにされていませんが、右脳塾に3件通っていた事がわかっています。

出身地の富田林市にある右脳塾は小金台小学校の校区内に3件集中していて、他に右脳塾はありません。そのことから推測して小金台小学校が一番可能性が高いのですが、小金台小学校の近くには小学校がたくさんあり、その可能性も否定はできません。よって、下記の7校のうちのどれかの可能性が高いです。

  • 小金台小学校
  • 高辺台小学校
  • 久野喜台小学校
  • 寺池台小学校
  • 伏山台小学校
  • 藤沢台小学校
  • 向陽台小学校

水泳はベビースイミングから習っていて、小学校の文集には、「オリンピック選手になりたい」と書いていたんですよ。

大阪府富田林市にはアテネオリンピック男子400mメドレーリレー銅メダリスト『奥村幸大』さんを排出したイトマンスイミングスクールがあります。

『めざせオリンピック!水泳選手育成校』でもあるので、イトマンスイミングスクールに通っていた可能性がかなり高いです。

かなり厳しいスイミングスクールだと噂が流れてきていますので、その中で頑張っていたのでしょう。

また、天然キャラ1位を獲得したことがあるという噂がありますが、小学校のころから天然だったんですね。

岡副麻希の幼稚園

岡副麻希 4歳

岡副麻希さんは幼稚園を1999年3月に卒業していますが、具体的な幼稚園の名前は明らかになっていません。

また、出身地の大阪府富田林市は河内長野市、大阪狭山市、堺市、八尾市、藤井寺市、奈良県とも近いため、幼稚園を推測するには範囲が広すぎますので、情報があがって来次第、追記していきます。

「危ない!」と声をかけたくなる画像ですが、これは岡副麻希さんが4歳の時に父親が撮ったもので、『よく転ぶ子』だったんだとか。

一輪車は誰が乗っても最初はよく転ぶと思うんですが、、、。3台も一輪車を持っていたんですよ。一輪車の大会には出場せず、大会会場の周りで乗っていたんですって。

幼いころから習いはじめたピアノは15年間続いたという情報があります。ピアノが自宅にないと続けにくいことから、東京に上京するまでの15年間とすると、3歳から18歳までピアノを習っていたということになりますね。

ピアノは、楽譜を読みながら鍵盤を叩き、しかも右手と左手の指の動きが異なるといういくつもの作業をしないといけないことから、脳の発達に良い影響があると言われています。

右脳教室との相乗効果を狙って両親は通わせていたのでしょう。

岡副麻希さんは、北北西を「きたきたにし」と読むなど天然キャラで人気を博していますが、実は大阪桐蔭中学校・高等学校、早稲田大学と高学歴でした。

キャスターやタレントは色白だという固定概念を岡副麻希さんが払拭したと思いますので、今後色黒のキャスターが増えてくることを期待します。