若い頃から競馬狂の馬女だったことや雛形あきこさんへの嫉妬からグラビアアイドルを目指したことなどについても併せてご紹介します!
川村ひかるの主な経歴とプロフィール
まずは川村ひかるさんのプロフィールから見ていきましょう!各内容は、公表されている情報を中心に紹介しています。
氏名(本名) | 篠崎由希恵(※本名同じ) |
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ニックネーム | ひかちゃん |
生年月日 | 1979年10月18日生 |
出身地 | 東京都品川区 |
血液型 | AB型 |
身長・体重 | 150.0cm・38kg |
スリーサイズ | B83・W54・H77 |
足のサイズ | 非公表 |
趣味・特技 | 料理、お菓子作り、アロマテラピー、競馬、ボクササイズ、ゴルフ、テニス、一輪車、水泳 |
嫌い・苦手 | 寒いところ |
活動期間 | 1995年~ |
所属事務所 | MJ Management |
所属グループ | なし |
家族構成 | 父親、母親、兄 |
配偶者・子供 | 一般人男性・長男 |
最終学歴 | 短大中退 |
抜群のスタイルで女性らしい川村ひかるさんが一輪車に乗れるとは意外ですね。
川村ひかるさんが小学生時代にあたる1980年代に全国の小学校で一輪車が普及したことから、昼休みに練習していたのかもしれません。
続いては川村ひかるさんの主な経歴について、大きな転換となった事柄を中心にご紹介します!
年 | 年齢 | 経歴 |
---|---|---|
1995 | 16歳 | スカウトされ芸能界デビュー |
1998 | 19歳 | ドラマ初出演『ガラスの仮面2』 |
1999 | 20歳 | 写真集グラビア部門売り上げ1位 |
1999 | 20歳 | アイドルユニット・サウスポーでデビュー |
1999 | 20歳 | 映画初出演『サムライガール21 第1幕』 |
2000 | 21歳 | 『ウイニング競馬』のサブ司会者就任 |
2002 | 23歳 | 子宮内膜症発症 |
2010 | 31歳 | 若年性更年期障害発症 |
2013 | 34歳 | 書籍『発酵美人』 |
2014 | 35歳 | 脳動脈瘤発見 |
2016 | 37歳 | 結婚 |
2016 | 37歳 | 第1子男児を出産 |
川村ひかるさんは若くして病気と向き合っているんですね。
結婚した一般人男性は脳動脈瘤が発見されたときに励ましてくれた人なんですよ。
子宮内膜症や更年期障害、脳動脈瘤がありながらも出産して育児も頑張っている川村ひかるさんに勇気づけられます。
川村ひかるの生い立ち!両親の離婚が芸能界のきっかけ!?
川村ひかるさんの出身地は東京都品川区で、家族構成は父親と母親、兄の2人兄妹の末っ子(長女)として育ちました。
2013年6月26日発信『現代ビジネスプレミアム』によると、父親は川村ひかるさんが幼稚園のときに一時的に失業していました。
幼稚園の送り迎えは父親がしてくれて時代を先取りしたイクメンだったんだとか。
川村ひかるさんが高校時代に両親が離婚してことで母親が働くようになり、自分も働いて楽にさせようと芸能界に入ったんだそう。
両親が離婚後に父親とは疎遠になったのかと思いきや、12年経って母親が還暦になっても一緒にお祝いしています。
離婚してからのほうが両親はうまく行っているのでしょう。両親ともスレンダーでスタイル抜群ですね。
兄の影響を受けて川村ひかるさんは幼稚園時代から柔道を習っていたんですって!
フランクな川村ひかるさんの性格は兄の影響を受けているのかもしれませんね。
一般家庭に生まれた川村ひかるさんですが、どんな学生生活を送っていたのでしょうか?続いては川村ひかるさんの出身校と学生時代のエピソードをお届けします!
川村ひかるの出身大学
川村ひかるさんは1998年4月短大へ入学し、中退しています。
川村ひかるさんの在学していた大学は公表されていませんが、自身のブログで❝仕事がなかったので短大を受験した❞と語っていることから都内の短大に進学したと考えられます。
大学に進学すると川村ひかるさんはグラビアアイドルやアイドルユニット・サウスポーの活動で忙しく留年。
ついには2000年に『ウイニング競馬』のサブ司会者就任したため短大を中退することになりました。
当時は学生が馬券を購入できなかったので中退したのですが、プライベートよりも仕事を優先する川村ひかるさんはバリバリ働くキャリアウーマン❝バリキャリ❞なんですね。
川村ひかるは若い頃から馬女!
川村ひかるさんは競馬新聞を持ち歩き、プライベートでも月に8万円ほどレースに突っ込むなどの❝馬女(うまじょ)❞でした。
写真集のグラビア部門で1位を獲得するほど人気者の川村ひかるさんだったので月に8万円は端金だったと思いきや、給料制で月に20万円だったんですよ。
給料の40%を競馬に突っ込んでいたとは、なかなかのギャンブラーだったんですね。
川村ひかるの出身高校
川村ひかるさんの出身高校は東海大学付属望星高等学校・普通科・通信制過程(偏差値:─)です。(通信制のため偏差値なし)
1995年4月に入学し、1998年3月に卒業しています。
川村ひかるさんが東海大学付属望星高等学校出身であることは、合同会社ジーナスが運営する『高校受験ナビ』に同校出身と掲載されていることから間違いありません。
1959年に開校した同校は2学期制で春と秋に入学することができます。
通信制過程と言えども安易に単位を与えず、大学進学を視野に入れた数Ⅲも選択できるんですよ。
川村ひかるさんが短大に進学したのも、周囲で大学に進学する人が多かったのでしょう。
主な卒業生は榮倉奈々さんや芳根京子さん、堂本光一さんがいます。
川村ひかるは高校時代に夜遊び!
両親が離婚をして母親に引き取られた川村ひかるさんは、夜な夜な家を抜け出して遊びに出かけていたんだそう。
当時、川村ひかるさんは親公認の彼がいたので会いに行っていたのかもしれませんね。
卵料理が好きな彼にカニ玉を作ろうとチャレンジした川村ひかるさんは、あんの水の分量を間違え、カニ玉が浮き輪状態になっていたんですって!
健康管理士一般指導員や野菜ソムリエジュニアマイスターを持つ川村ひかるさんも高校時代は料理が苦手だったんですね。
スカウトされた当時の画像を見ると、薄化粧が初々しいです。
川村ひかるの出身中学校
川村ひかるさんの出身中学校は品川区立城南中学校(現:品川区立品川学園)です。
1992年4月に入学し、1995年3月に卒業しています。
川村ひかるさんが城南中学校であることは、自身のブログで品川神社の祭りで御輿を担いでいたとかたっていることから、品川神社の近くの同校の可能性が高いでしょう。
【品川神社のマップ】
川村ひかるは中学生時代に雛形あきこに嫉妬!
川村ひかるさんが中学2年生のとき、彼の部屋で雛形あきこさんのポスターを見て嫉妬したんだそう。
川村ひかるさん自身も全国の男性から注目されたいとグラビアアイドルになることを決心したんですって!
翌日から近所の市民プールに通い、筋トレをしてボディラインを作っていったそうで、即実行の行動力に圧倒されますね。
バレーボール部に所属していたので部活に没頭していたのかと思いきや、髪を染めてルーズソックスを履いていたようで、やんちゃぶりがうかがえます。
きっとナンパされることも多かったことでしょう。
川村ひかるの出身小学校
川村ひかるさんの出身小学校は品川区立品川小学校(現:品川区立品川学園)です。
1986年4月に入学し、1992年3月に卒業しています。
川村ひかるさんが品川小学校出身であることは、中学と同様に品川神社付近であることから可能性が高いでしょう。
川村ひかるは小学生時代に詐欺商材を買っていた!
公式ブログによると、川村ひかるさんは少年ジャンプに載っていた❝背が伸びるビデオ❞を購入したのですが、見た瞬間に「だまされた!」と分かったんだそう。
お年玉をはたいて勇気を出して買ったにもかかわらず、こんな体操ではムリだと落胆したんだとか…。
身長150cmの川村ひかるさんは当時背が低いことに悩んでいたんですね。
5年間サッカー部のマネージャーをしていた川村ひかるさんでしたが、バスケットボール部でプレイヤーだったら身長が伸びたかもしれません。
小学2年生のときはイジメにあって不登校気味になってしまったのですが、再び通学できたのはサッカー仲間がいたからでしょう。
友達のミーコさんの母親が川村ひかるさんのピアノの先生で、今でも会いに行くんですって!
いつまでも恩師を慕って会いに行くとは川村ひかるさんは律儀な人なんですね。
ここまで川村ひかるさんの学歴や経歴を含めた生い立ちについて見てきましたが、芸能界の動機は雛形あきこさんへの嫉妬でした。
スリーサイズが83、54、77の川村ひかるさんなら、グラマラスの雛形あきこさんに挑戦できると思うのも不思議ではないですよね。
病気を子宮内膜症や若年性更年期障害、脳動脈瘤と複数の病気と上手に付き合いながら活躍している川村ひかるさんに勇気づけられる人はたくさんいるでしょう。
これからの活躍にも期待大ですね。